清話会さんのブログに掲載いただく;深謝。
2009年12月1日火曜日
2009年11月30日月曜日
単純な教訓
たしかにドバイの砂と痕跡はバビロンのそれを想起させるものかもしれない。メディアが伝えるその写真はそういう感じを持たせる。
ブイターのブログ記事、「ドバイ・ワールドの本質的に重要でないこととそれが伝える重要なより広範なメッセージ」はこの件でおさえるべき視点を提供してくれているか。一読の価値あり。
ということだ。
目を引いた指摘はこれ。
事態はニュースにあふれていても、教訓はシンプルであるか。
そしてシンプルな教訓を提供する事実ほど動かしがたいし、覆い隠せないものだ。
ブイターのブログ記事、「ドバイ・ワールドの本質的に重要でないこととそれが伝える重要なより広範なメッセージ」はこの件でおさえるべき視点を提供してくれているか。一読の価値あり。
「ドバイはシステム的には重要ではない。 家計の債務不履行から銀行のデフォルトを経て国家デフォルトへの旅程の、ありそうな最終的な行程の始まりの切迫性に目をひらくなら、その国の財政ー金融ポジションの脆弱性を金融政策決定者に警告することで、また深刻な財政負担を共有する緊急性を市民や有権者に教育することで、それは若干システム的によいことをするかもしれない。」
ということだ。
目を引いた指摘はこれ。
「ドバイとアブダビの主権者がドバイ国有企業の債務の後ろ盾でないかもしれないなら、本当に、ドバイ・ワールドやナヒールによる債務返済猶予や債務不履行が多くの市場参加者にとってニュースであることは明らかである。彼らは、ただ公的債務のみが主権者の債務であり、最高に保証された唯一の債務が主権者によって保証された債務であることを学んでしまうであろう。 単純な教訓ではあるが、有益なものである。」
事態はニュースにあふれていても、教訓はシンプルであるか。
そしてシンプルな教訓を提供する事実ほど動かしがたいし、覆い隠せないものだ。

ドバイの金融危機
ドバイの金融危機のニュースは世界を駆けめぐって、敏感なマネーを安全資産へと逃避させ、株式は下げ、ドルと円は上昇しと波乱をもたらした。キャリートレードによる高いリスクテイクは悪夢シナリオを呼び起こす。
そんななかマイク・ホイットニーの「ドバイにおける金融危機、悪夢シナリオへか?」が目に付く。ひとによっては、声高な危機を煽る主張をするが、彼の指摘が順当なところではないかなと感じられる。
要旨はこんなところ。
そんななかマイク・ホイットニーの「ドバイにおける金融危機、悪夢シナリオへか?」が目に付く。ひとによっては、声高な危機を煽る主張をするが、彼の指摘が順当なところではないかなと感じられる。
要旨はこんなところ。
ドバイのデフォルトは金融崩壊2の始まりではない。ここでドミノを探さないように。然り、新興経済、とりわけ東欧で大きな債務膨張に関する深刻な問題が挙げられる。だが、これは厳密な意味で「ソブリン・デフォルト」ではない。そして、メルトダウンが伝染する高いリスクは少しもない。油の豊富なアブダビは流動資産を8000億ドルくらい積み上げている。平然とドバイ・ワールドの600億ドルの債務を返済するかもしれない。しかし、アブダビは浪費家の弟に債務のリストラを強いることでモーニングコールを送りたがっている。それは、銀行、債券所有者、および契約者が髪を切らねばならないことを意味するが、商業用不動産市場の底知れない状態を考えると、驚くべきことではない。
ドバイ・ワールドの所有者は米国中を吹き荒れた、同じような性急な債務であおられた商用建築工事のどんちゃん騒ぎをしていた。いま需要は崖から転落し、信用は窮屈になっている。ドバイ・ワールドは債務を繰り延べることはできないし、義務を果たすこともできない。それは、クレジット・バブルがはち切れたとき通常起こることである。
木曜日に、バンク・オブ・アメリカのアナリストは声明を出した。「アルゼンチンが2000年代初期、ロシアが1990年代後期にあったのと同じ仕方で世界の新興市場で騒がれた重大なソブリン・デフォルト問題に次第に拡大するであろうケースを除外できない」と。
これはナンセンスだ。いかなるソブリン・デフォルトもないであろう。アブダビは、数10億ドルを節約するために世界市場を急降下させはしないだろう。バンク・オブ・アメリカはほらを吹いている。危機が始まって以来、油は既に1バレルあたり3ドル下落している。おそらく、市場が月曜日に開く時までに一時的な解決があるだろう。それは、この最新の金融上の災難から学ぶ重要な教訓がないことを意味しはしない。それはある。
まず第一に、金融危機が終わらなかったことを例証している。家計やビジネス、国はいまだ「信用収縮」している。その進行中の過程は、支出を遅らせ、デフォルト、倒産、差し押さえを増加させるだろう。政府保証や刺激プログラムは趨勢を反転させないであろう。ドバイ・ワールドのような、数多くの事件が予想されるべきだ。これらの「信用案件」は、下降へと回復を混乱させ、株を押し下げるリスク回避に拍車をかけることだろう。
RGE Monitorのアルナブ・ダスはこれをこう要約している。「私たちは必ずリスク回避の上昇を見るだろう」。 ドバイの状況は、世界中の主要な中央銀行が金融システムを安定させたが、それらはどのような不節制も隠してしまうことはできないことを意味している。私たちはいまだバランスシート圧力を解決しなければならない。 回復は続いているが、重要な挑戦がまだ目前にある。」 (ブルームバーグ)
第二に、こうした事件が起こるとき、顕著な巻き添え被害が起きる。債券を引き受けているCDSのような規制されざる保険証券からである。こうしたCDSデリバティブッズは公の取引で販売されず、それを誰が保有しているか、どれくらいの金額で、請求に対して支払う十分な資本準備を発行者が持っているかどうか誰も知らない。システムが規制されるか、CDSが禁止されるまでは、AIGを幾度も繰り返すことを、より小規模であるにしても予想すべきである。結論は、現在の金融構造が働くようには設計されていないということだ。それは、一握りの投機家を大金持ちにするように設計されている。これらの投機家は議会、ホワイトハウス、および金融メディアを所有している(規則にどのような見るべき変化もなかった理由だ)。
ドバイはアルゼンチンではない。解決があり、契約者は支払われるだろう、全部ではないにしても。損失があるだろうが、接触伝染はないだろう。
ドバイの支払い「停止」に関するニュースは投資者の信頼がすでに薄かった世界市場をかき乱した。ドルと円は強くなった、そして、米国国債は変動した。「安全への逃避」で、連邦政府は資産価格を再膨張させるのがいっそう困難になっている。ドバイのような信用案件で投資家は神経過敏になる。そして、彼らは角を引っ込める。それは、不振を拡大して、不況を深刻化させる。
ドバイ危機が長引くと、ドルはいっそう強くなるだろう、そして、盛況のキャリートレードはクラッシュするだろう。このことが意味するのは、ハイリスクなポジションへの投資にのめり込んでいる手を広げきった銀行が再び打ち負かされることである。それは悪夢のシナリオである。
連銀は、金融システムの腕に武器を巻き付け、危険な抵当に何兆ドルもの無制限の保証をつけた。しかし、それは十分でないかもしれない。
2009年11月24日火曜日
クック・プラン
リチャード・クックのサイトを見たら「経済危機となされるべきこと」という記事中に、貨幣改革や地域通貨に言及した条りがあった。経済危機への対応策として金融システムから貨幣発行の力を公が取り戻し、コモンズとする議論はあれこれあるが、彼がみずから「クック・プラン」と呼ぶのもその一つ。
まあ、批評したいことも多々あるが、地域通貨への言及が減少している昨今、まずは紹介しておくかな。
まあ、批評したいことも多々あるが、地域通貨への言及が減少している昨今、まずは紹介しておくかな。
・・・進歩的な人々がもっと仕事を作り出すために政府はいっそう多くの借り入れをすべきだと考えるのは間違っている。これは将来の世代が厳しく非難するであろう債務のいっそう深い穴を作り出すだけである。詳細は上記サイト参照。
むしろ鍵は地方か国家レベルかにかかわりなく、貨幣改革である。人々は生計をたてる能力のコントロールを失った。しかし変化は人々と国家による交換の貨幣的手段の主権的管理を通して実現されうる。
この管理は盗み取られてきた。取り戻すべきときである。一つの方法は危機が解決するまで連邦政府が成人に月1000ドルの救援資金を支払うことだろう。このマネーは米国内で生産された財やサービスを指定され、新しく作られる地域開発銀行の資本に使われる。私はこれを”クック・プラン”と呼んできた。
このプランは新しい税金や政府借り入れなしに財務省の救済勘定からの直接支払いによって資金融通される。この支払いはGDPの伸びと貸方サイドでバランスするか、債務を返済するために個人によって使用されるだろう。それは南北戦争前後に顕著なインフレなしにグリーンバックによって行われたように政府支出を促すであろう。
もう一つの方法は、今日米国で益々活用されているが、地方的で、地域的な信用清算所や地域通貨や”代用貨幣”の使用である。こうした通貨の利用は洲や連邦レベルで租税支払いや政府への料金支払いに認めたり、またローンやその他銀行債務への支払いにも使えるようにする立法によって機能強化されるだろう。信用清算所は消費者信用組合に似た民間の地域通貨協同組合として組織されうるだろう。
これらは即座の緊急手段である。より長期には、貨幣と信用に対する主権的管理が公共的なコモンズに戻ってこなければならないし、公的な事業として扱われなければならない。このことは銀行によるコントロールを政府に戻すことだけを意味するわけではない。先に述べたように、政府と民間の取引のパートナーシップでなされるだろう。それはすべてが公益のために規制され公正に課税されるにしても、政府によるビジネスや産業、あるいは銀行システムの接収を意味しはしない。
このプログラムは貨幣と信用が、必要とされるときや場所で財やサービスの生産者たちの間で交易を容易にするのに利用される通貨の新しいパラダイムに導くであろう。こうした方法で、取引や商業は、今日の債務で数兆ドルを抱えた大きな政府と世界全体を人質にとっている巨大金融の異常なパートナーシップによって人間の自由を減退させるのではなく、人間の自由に役立つようになるだろう。
このような変化がほんとうの人民主義革命であろう。
2009年11月17日火曜日
2009年11月16日月曜日
イスラム金融
「イスラム金融が趨勢を決める」かァ・・・
「ザ・バンカー誌の11月号の、2009年イスラム金融機関トップ500によると、従来の銀行業が停滞している間、イスラム金融は強力な成長を見続けている。と同誌。詳細は上記リンクへ。
シャリアー完全対応の銀行乃至通常銀行のイスラム金融窓口によって保有される資産は2009年、2008年の6390億ドルから28.6%上昇して、8220億ドルとなった。・・・2010年には1兆330億ドルに達すると予測される。・・・
「保守的なリスクアプローチ並びに金融部門と実物資産の間の緊密なリンクが、最悪の金融恐慌から同部門を保護するのに役だった。」
「イスラム銀行での流動性管理の改善された方法を見出し、また機関と市場の間でシャリアー及び慎重な承認を調和させることが重要なハードルとして残っている。透明性と財務報告はイスラム金融にとって課題のままで残っている」
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