2008年12月13日土曜日

地域コミュニティ

正確なところ貨幣とはなにか?我々の貨幣システムに関する真実と神話の分離

What Exactly is Money?

A separation of truth and myth about our monetary system

By Jon Ronnquist

http://www.informationclearinghouse.info/article21451.htm

を読む。

昨今の金融・経済危機がこうした問いかけをなさしめるのだろう。金融や貨幣に関するJon Ronnquistの議論は興味深かったが、それはそれとして、末尾の地域通貨に関する一文が印象に残った。

金融危機の時期には必ず、地域通貨への関心が復興するが、彼はこう述べている。

・・・引用・・・

国民通貨の不足によって引き起こされたクラッシュを回避するひとつの手段は地域通貨の創造である。歴史を通して幾度も、国民銀行の崩壊に対抗するためにこのことはなされてきた。大胆な計画が必要とするような巧みさがほとんどの現代のコミュニティには致命的に欠けていると考えるのは恥ずべきだが、コミュニティはあまりに生き延びるために大銀行や巨大な雇用主、大規模な小売りチェーンの悪循環に依存してしまっている。そこでは現状の快適さから根源的に離れることがほぼ確実に想像を超えているだろうが、こう言うことで、モノの見方に奇跡的な影響を与える力になりうる。

・・・引用終わり・・・

ここで、国民銀行と言っているのはnational bankのことで、連銀が出来る前のフリーバンキングの時代に米国各地にあった銀行のことだろう。明治初期の日本人は米国を視察して、我が国にも「国立銀行」を作ったが、もちろん民間の銀行である。Jon Ronnquistはそうした歴史を念頭においているのだが、そのころと今はコミュニティのあり方が違っていると。あまりに大規模な銀行や企業にわれわれの生活が依存するような状況、それが地域通貨の困難の底にあるのではないかという指摘に受け取れた。しかし地域通貨がわれわれの考え方にもつ影響を評価しているようにもみえる。もしわれわれが現状の快適さから離れることを想像でき、違ったコミュニティのあり方に思いが及ぶようになるならば、そうした地域通貨のメッセージ性は常に評価されるべきだろうと感じさせられた。

なぜなら地域通貨に困難がありとせば、それは地域のコミュニティの困難でもあるはずだからだ。それはわれわれの生活・仕事・生き方の全体のあり方に関わっている。我が国でも10年以上継続して、いまごく普通の風景となった地域通貨がいくつか存在する。それはなによりもコミュニティとそこに身を置くひとたちが変わってきている事実に気づかされるから。

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