2009年1月5日月曜日

歯科医

さるサイトでマティアス・チャンという方の、

「常識の危機:金融危機を理解するのはそんなに難しいのか?」

という一文を読んだ。

難しい専門家の言説が溢れるなかで、なるほどと思わせるものだった。

こんな議論だ。

・・・以下引用

考えるために脳が与えられている。自然に、簡単な用語で、そして複雑な仕方でなく。

自然に考え、問題に取り組むのに常識をもってするとき、簡明な解決にたどり着くことができます。

しかし私たちの教育システムは精神的に私たちを拷問にかけ、やむを得ず複雑な仕方で考える。教師たちや経済学者たち、政治家、神や宗教の、いわゆるエキスパートたちはモグラの山から山を作り上げます。単純な真理を複雑な議論や「科学的理論や方程式」に変えるのです。

こうした専門家たちは生き延びるには事を困難に見えるようにし、解決するには彼らに頼らねばならないようにする必要があるのです。しばしば言われるように「盲人の国では片目の人間が王様である」ということです。

ふつう考えることは楽しみであるべきで、非常に活気のあるべきものです。しかしいま、私たちはまったくそうは考えないのですが、専門家たちは必ず、考えることは難しく、疲れ、それでたいそう重荷なことにしてきました。

その結果は常識が窓から放り出され、私たちは精神的な松葉杖、私たちの代わりに考えるいわゆる専門家を当てにするように条件づけられてきたのです。

なんとも悲しいことです。

・・・(中略)

多くの人が私に言ってきたことは、グローバルな金融の津波の複雑さには圧倒され、どうやってそれに備え、危機を生き延びるかについて絶対に混乱させられるということです。

私が簡単な言葉で説明したとき、彼らには「簡単すぎた」ようで受け入れるのを拒否されました。それはもっと複雑に違いない、そうでなければどうしてこの危機がグローバルな大失敗になったのかと。

次の、私の簡単な説明を考えてみてください。

1、金融工学:ギャンブルの新しいやり方。

2、投資家たち:ギャンブラー。

3、株式と先物の市場:ばくち場。

4、金融アナリスト:ばくち場のセールスマンあるいはセールス・ウーマン。

5、債券:借金の証文。

6、銀行:正直でないおカネの貸し手(銀行としてではなく、しかしおカネの貸し手として認可されたおカネの貸し手は「なんにもないところからおカネを」作りだせません。彼らは貸しつけるには自分の資本を使わなくてはなりません)

7,通貨あるいは法定の不換紙幣:トイレットペーパー。

8,デリバティブス市場:ネズミ講。

単純な現実として私の説明を多くの人々が受け入れることができませんでした。最近のバーナード・マドフの500億ドルの詐欺の後でさえそうなのです。彼はNASDAQの前会長でした。彼はFBIにこう述べたのです。この方式は本質的にネズミ講(一組の「投資家たちのおカネ」でそれ以前の一組の投資家たちに支払う)です、と。

銀行が世界中で崩壊しました。

なぜ?

二つ理由があります。1)彼らはばくち場でばくちを打って、数兆ドル擦りました。そして、2)莫大な金額(30倍以上レバレッジを効かせて、つまり100万ドルの資本をもつ借り手が3000万ドル借りることができる)を借りた彼らの借り手のほとんどが返済できなくなった。

常識は私たちにこう語ります。もし私たちの所得がたったXドルで、Xドルの30倍借り入れるなら、ギャンブルがXドルの30倍を払い戻さないなら、私たちが債務を返済しうる方法はまったくないと。(以下略)

・・・・引用終わり

たしかに。常識は危機の本質を見抜くことに成功している。

だが専門家が要らないわけではないとも思う。

ふと、たしかケインズの『説得論集』のなかで読んだと記憶している歯科医に関する話を思い出す。ちょうど正月明け早々、家族が歯が痛み出して、歯医者に駆け込んだことも思いつくきっかけにはなったが。

ケインズは、一方で経済問題を過大評価しないでくれと言い、それは歯科医のような専門家の問題であるべきとし、他方で、経済学者が歯科医のような謙虚で有能な人々のようにじぶんたちを考えることができれば、それはとてもすばらしいと述べていた。

現在の金融・経済危機は、激しく痛む歯痛のようなものかもしれない。いっぱんに歯の痛みほど我慢できないものはない。一刻も早くなんとかしてほしい種類のものだ。

しかし経済学者の見解は多様だ。

なかにはリセッションは必要だという経済学者がいる。ふくらみ、不良化した債務は整理されるべきで、不調な企業を救済することは別の問題を生むというわけだ。資本主義とはもともとそういうもので、リセッションがあればこそ、ブームもまたやってくるという。

たしかにどのような歯の痛みも放置し、歯が抜けてしまえば、いつかは収まるかもしれない。

しかし、その苦痛をどれほど長く我慢し、どれほどの傷みに、どのように耐えよというのか。

やはり歯科医が必要である。

それで財政支出による景気刺激や信用危機の対策に中銀が高権貨幣を市中に放出するなど各種対策を取る。しかし、積極的なスペンディングは財政を傷め、赤字を積み上げる。また、もともと信用がフリーズしているのだから、カネを増やしても貨幣乗数は落ち、信用の凍てついた状況は改善されない。「歯痛」を止めるために治療をほどこそうとするが、限界があるというわけだ。

患者は苦しむばかり。

常識はなぜ歯痛になったかの納得を得るのに向いている。そして、どうしたらそれを止めることができるか考えるさいの役にも立つ。

問題は常識がどんな歯科医を選ぶか、そして、選ぶに値する歯科医がいるのか、藪であろうがなんであろうが、頼らざるをえないと判断するかどうかだろう。

幸い、家族はかかりつけの、信頼できる歯科医に行った。世界の経済にそういう歯科医たちがどれほどいるのだろうか。

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