2009年1月21日水曜日

個人崇拝

昨晩遅く、仕事が一区切りついて、オバマ新大統領の就任のニュースをネットでみた。

まず、ルモンドのサイトに行ったら、「ワシントン全体が精神錯乱」と。リポーターは「神のようなオバマ」と言っている。

次いで、いつものようにFTD(←今朝アクセスしたら就任演説の記事に変わってた)のサイトをみた。「米国史上初の黒人大統領就任」、「ワシントン、変化を祝う」か。「陶酔した大衆、オバマに期待」とも。

米国のメディアも見てみる。「最初の100日:オバマの重荷」か。課題山積だしなあ。

確かに、ユーフォリアは長く続くものではないと思う。

今朝、メールを取って、米国のあるMLへの投稿で、

「確実に、共産主義の指導者たちが活用した個人崇拝と米国で起きていることには多くの共通点がある。もちろんオバマを批判することで北アラスカ送りにはならないだろうが」

という発言を読む。

ひょっとしたら、我が国は隣国にもうひとつの個人崇拝の国をもったのかもしれない。始末が悪いことに我が国はそこの国次第なんだ。もちろん米国と同様に、「批判しても収容所送りにはならないだろうが。」

ついでに、ザ・ネイションの「杯を上げ、我らが悲しみを打ち消そう」という記事を見る。どんな考えをもつのであれ、就任式ぐらいは酒を飲むしかないのか。「就任式が終わればみなシラフに戻ると思う」という言葉に、なんだか考え込まされながら一日が始まる。

3 件のコメント:

a1m さんのコメント...

ユーチューブを見たら、早速、イランではオバマは燃やされていた。

http://jp.youtube.com/watch?v=f3PtFc62R6k

a1m さんのコメント...

昼食の場所でNHKBSを見た。ABCニュースを流していた。食事をしながら帝国の戴冠式をみた。このショーアップされたstatistたちの光景を見せつけられると、必ずしも思想の風土を100%同じくするものではないが、リバタリアンたちの議論を参照したくなった。

http://www.coyoteblog.com/coyote_blog/2009/01/inauguration-day-party-pooper.html

そしてFTDを見ると

「子供っぽさのための時は過去のものだ」

http://www.ftd.de/politik/international/:Obamas-Antrittsrede-Die-Zeit-f%FCr-Kindereien-ist-vorbei/463064.html

と言ったという。

そうならば責任をもって、いましている戦争を止めるが最初の仕事だよと感じる。

カナダのメディアもこう言っていた。

http://www.rabble.ca/news/inauguration-day

「しかし今日は歴史を作り、社会的でグローバルな正義を実現するために現在進行中の闘争について考え、帝国に終止符を打つことを考える日でもある。」

a1m さんのコメント...

まあとにかく、

「指導者の最初の責任は現実を明確にすること。最後のそれは感謝を述べること。両者の間では、指導者は奉仕者である。」(マックス・デプリー)

とすれば、現実を明確にすることが必要なのだろう。