2009年2月6日金曜日

保護主義

スティグリッツのブログを読んだら、米国下院が経済刺激策による支出では米国の鉄鋼を使用すべしとの法案を可決したとのニュースに言及していた。危機への対応で、G20で保護主義を回避するという要求があったにもかかわらず可決されたことを懸念している。

そうして、
米国は世界をグローバル化に導いた。米国はいま、米国スタイルの資本主義と不評の米国の金融市場によって、大恐慌の期間、以前一度したように、保護主義の新しい時代に世界を導くのだろうか。
と疑問を投げかけている。

やはりなんだか、危機は長期化し深刻化し続ける感じをぬぐえない。

昨日は、さるMLに軽率にも本能的次元で感じている根拠のない実感を投げてしまった。

・・・

昭和6年は1931年である。

外国でも現在私たちがいる位置は、ひょっとしたら31年ではないのか、と漏らす人がいる。どうみてもオバマは、ルーズベルトよりは戦時公債のモラトリアムを実施したフーバーになってしまうのではないか、バイアメリカンを言って、表向きの自由貿易とは裏腹に保護主義を進めざるをえなくなるのではないか、とかいうのである。この年はたしかに、銀行救済のためにたしかNational Credit Corp.だったかな、それを設立するなど状況は酷似している。そうして翌年、翌々年へと経済は落ち込んでいった。欧州で経済恐慌が深刻化しているのも似ている。

我が国も経済混乱の極みの年。加えて農村部の大飢饉、膨らむ失業者数、労働組合の組織率戦前最高、そしてなによりも非常時を理由に財政において、非募債主義を放棄、財政赤字の急激な膨張が始まる。金輸出再禁止をめぐってマーケットは大混乱、もちろん政治の動きは激烈・・・

まあ時代、時局は異なるけれど、なんだか、09年、第四四半期には経済回復という強気の楽観的な経済予測を読みながら、風邪の引き初めのようなゾクゾク感が消えない。


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