2009年2月18日水曜日

バランスシートデフレ

私たちがバブル崩壊後にみてきた事実、それは多額の借り入れをして購入した資産の価格が崩壊し、一方に不良化した資産を抱え、他方に多額の債務を計上している状態では、支出や借り入れは低下する一方で、利益が上がっても借金返済が優先され、いつまで経っても経済が停滞からぬけだせない状況であった。こうした現実は多額の債務の重圧に苦しむ米国の今日の状況でもあろう。

FTの記事、「バランスシートデフレ世界への日本の教訓」でリチャード・クー氏の議論が取り上げられていた。興味深く読む。

下記に一部抜粋。米国の民間債務の状況を示すグラフが上記サイトにあり。必見。

第一に、現在と1980年代初期の深刻な景気後退とを比較すると完全に方向を間違える。1981年、米国の民間債務はGDPの123%であった。2008年の第三四半期には、290%である。1981年家計の債務はGDPの48%、2007年にはGDPの100%である。1980年、連銀の介入金利は19〜20%、今日ゼロ近傍である。

金利が1980年代初期に下落したとき、借り入れが拡大した。いま借り入れの動きに火を付けるチャンスはゼロに近い。中銀がインフレ押さえ込みを意図して景気後退を引き起こすことは債務超過と純資産の崩壊で引き起こされることとはまったく異なっている。前の事例では、中銀は景気後退を引き起こし、後者の場合は、それを懸命に防ごうとしている。

第二に、日本政府の財政拡大が失敗したと議論する人々は、再び間違いを犯した。民間部門が多年にわたり債務返済を試みるとき、国には三つの選択肢がある。政府に借り入れさせる、純輸出を拡大する、大量倒産の下方スパイラルへと経済を崩壊させる、いずれかである。

GDPの三倍の富の損失、企業部門の財務バランスにおける赤字から余剰へのGDPの20%のシフトにもかかわらず、日本は不況に苦しまなかった。これは勝利だった。巨額の財政赤字がその説明である。1997年に、橋本政権が財政赤字削減を試みたとき、経済は瓦解し、財政赤字は上昇した。

第三に、損失を認識し、金融システムに資本増強することは、クー氏が議論するように、たとえ借り入れる意思がないのがことさら重大であっても、きわめて大事である。日本は10年近く、ゾンビ銀行を受け入れた。その意味するところは政治的にらみ合いである。銀行家に対する公衆の敵意は政府資金の大規模な注入を不可能にしたし、銀行家の力は支払い能力のない金融機関を国有化することを不可能にしたのである。長年、人々は問題が資産価格が下がりすぎていることにあるとしておいた。結局、金融崩壊が日本政府の手を縛ってしまった。同じことが昨年秋の米国においても真実であるが、システムの完全なリストラと資本増強の機会は失われたのである。

米国では、金融部門の状態は日本でそうであった以上にはるかに重要であるかもしれない。巨額な米国の債務の蓄積は非金融企業によるのでなく、家計と金融部門によるものである。金融部門の総債務は1981年のGDPの22%から2008年の第三四半期に117%へと上昇した。その間、非金融企業の債務はGDPの53%から76%に上昇しただけである。したがって、バランスシートを縮めたい金融機関の願望は米国における景気後退のいっそう大きな原因であるかもしれない。

日本の経験全体はどれくらい今日と関連をもっているだろうか。

よいニュースは資産価格バブル自体は日本より米国のほうがはるかに小さかったということである。さらに、米国の中銀は現状を認識することで迅速であった。ゼロ近傍にまですばやく金利を引き下げ、「異例の」金融政策に動いたのである。

悪いニュースは、米国における財政政策を巡る議論が日本における以上にネアンデルタールにみえるということである。バランスシート不況のなかで、ゼロ金利を伴う財政政策が我々が持つすべてであるとあまりに強調できるというわけではない。危険は、早々と財政赤字を終えてしまう試みがなされるであろうことにある。それは恐ろしい結果を伴う。くわえて、問題資産購入の政府と民間のパートナーシップのための米国政権の提案は希望がないように見える。それが実際に実行に移されえたにしても、その価格が銀行に売却を促すには低すぎるか、売り手や買い手、あるいは双方に対する納税者の多額の補助金を意味しそうである。はるかに重要なことは、ある範囲の不良資産の価格を控えめに上げることでダメージを受けた金融機関に資本を増強することはありそうもないということだ。最終的には現実はできあがるだろうが、しかしそれは長期にわたる見せかけの後かもしれない。

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