2009年4月24日金曜日

実価

米国では高度な数学を駆使し、株価のトレンドを読んで投資判断を行うモメンタム戦略の投資ファンドが損失を出し苦戦しているそうだ。下落トレンドが続くと予想して行動したら想定外の反発。確かに投機ならば、相場の動きをみて、これを利用し利益を上げられればいいわけだ。しかし投資手法には、企業価値をしっかり見定めて割安を買い割高を売る手法もある。そうしたバリュー戦略にたつところが、ここにきて見直されているらしい。相場が想定外の動きをした後では、その堅実さが評価されるわけだ。

この投資対象の真価を知らねばならぬという教訓は昔からある。なぜなら、いかに高度な数学モデルを使おうが、そのモデリング自体を吹き飛ばすようなことが起きるのが世間というものだからだ。

マーケットや経済の話とは少し離れるかもしれないが、文政・天保の時代から明治にかけて世の中が大変動していくなかで、主に近畿を中心に庶民の心の糧とされた書物を思い出す。柴田鳩翁(1783‐1839)の『鳩翁道話』である。この書はいつの時代にも変動する時局においてどのような階層の人間にも知恵を与えてくれるものであったが、そのなかにこのような一文がある。江戸時代の両替商の話である。

なお、文中に「本心」とあるは、実価のことである。
一度本心を御えとくなされますると、奇妙なものじや、ちょつとして身贔屓(みびいき)身勝手でも、直(じき)に胸にこたへまする。之(これ)について、ある人前(ひとまえ)かた物がたりのついでに、さる両替屋(りょうがえや)の主人(あるじ)の得意の話なりとて申されたるは、両替渡世(とせい)は、金銀(きんぎん)のよしあしを見分(みわく)るが肝要(かんよう)じや。其(その)見わけ様(よう)を小者(こもの)に教(おし)ふるに、其家々にて違(ちがい)あれども、この両替屋の主人の教へかたは、始(はじめ)より少しも悪銀(あくぎん)を見せず、たゞ宜(よろ)しき銀(かね)を日々(にちにち)に見せ置き、しかとよき銀(かね)を見覚(みおぼ)えたるころ、ソト悪銀(あくぎん)を見すれば、忽(たちまち)にあしき銀(かね)と知る事、鏡(かがみ)を照して物を見るが如(ごと)し、これ一目下(いちもくか)に悪銀(あくぎん)と見極(みきわむ)る事は最上の銀(かね)を見覚えたる故なり、斯(かく)の如く教ふる時は、この小者生涯悪銀を見損ずる事なしと申されたるよし承(うけたまわ)りました。此話(このはなし)の真偽(しんぎ)は存じませねども、道理においては成(なる)ほど、尤(もっとも)な教へかた、実にあぶな気(げ)のない稽古(けいこ)でござります。しかしながら最上の銀(かね)を見覚えても、半季一年外(ほか)商売をして、金銀を取りあつかはぬと、又(また)もとの素人方(しろうとがた)同様になりて、善悪(よしあし)を見分る事が出来ませぬと申されました。是(これ)でよう御合点(ごがてん)をなされませ。一たび本心を見覚えすると、其(その)あとから、少し許(ばかり)の身贔屓身勝手が出来ても直に知れる。なぜなれば、本心の明(あきらか)なる無理の無い事を見覚た故、ちょつとでも無理らしい事は、中々(なかなか)うけつける物ではござりませぬ。
どのような相場もマーケットも商われるものの実価が基礎になければ成り立たない。それは実価を知らずに相場をはる人々に反省を迫っているだろう。大恐慌時、フーバー大統領がモラトリアムの提案をしたときや、我が国や英国が金再禁止のころのような相場の騰落が極端に振れるときは歴史上、幾度もあり、そうした激動期、柴田鳩翁のいうように本心(真価ないし実価)を知る努力をしておくのは重要にみえる。

動きに身を任せるだけではあぶないのである。

上掲引用は、岩波文庫の『鳩翁道話』が絶版でわたし自身入手したくて仕方ないのであるが、入手できていないので、別の書物から重引した。ルビは新かなで引用者が付けた。

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