2009年5月24日日曜日

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  • 19:14 memo090523昔から言われていることだが、カネは私たちの基本的な社会的テクノロジーのひとつ。テクノロジーであれば常に革新があっていいはず。 #
  • 19:50 quote of today 090523 「経済が資本家的であるかぎり、金融的には不安定であるだろう」(ミンスキー) #
  • 20:02 債務というのは生産や交換の領域の外部で、それらとは相対的に自律したかたちで契約される支払約束だ。マネーがそうした債務に基くものならば、貨幣は生産や交換に対して中立的ではありえないだろう。 #
  • 20:08 ミンスキーのように、現行の貨幣システムに貨幣による無秩序、危機の原因があると考えざるを得ない。 #
  • 21:07 「金融サービスの黄金時代は終わった」「私は、彼ら(ウォール街の幹部社員)がもらいすぎだと思います。」 「金融サービスではそれは私が知っているどの業界よりもとてもひどいものです」(ケン・ルイス:バンカメCEO): bit.ly/gDq6u #
  • 21:09 「インフレは常に、どこにでもある貨幣的現象である」(ミルトン・フリードマン) #
  • 21:14 「エリート大学は自己中心的な文化、食うか食われるかの行動を促進してきた、今誰もが代償を支払わされている」;米国は教育も見直さんといかんか: bit.ly/vkiiF #
  • 21:29 「楽観論者を信じるな」(ルービニ);「芽吹きを見ていると思うか?あなたは間違っている」: bit.ly/LPw7y #
  • 21:34 財務省証券も値下がりし、ドルも主要通貨に対して下落;AAA格付けを失うかな、米国は: bit.ly/wnrCJ #
  • 21:46 a1m-twitter: 19:03 激しい文章だなあ。「なぜゴールドマンサックスがウォールストリートのブタどものなかでいちばん強欲で卑怯なのか」: bit.ly/tWikw # 19:36 a1m-twitter: 20:.. bit.ly/7moC8 #
  • 21:52 「租税回避地、銀行はなんとしても笑いたい」か: bit.ly/bU7xW #
  • 22:06 「実質資産(ゴールドや石油など)をドル建てで考えるのは紛らわしい。資産(ゴールド)タームでドルの価値を考えるべきだ。なぜなら資産(ゴールド)は富であり、連邦準備制度理事会はマネーを作り出せるが富は作り出せないからだ」(ヘンリー・C・K・リュー) #
  • 22:10 相変わらずゴールドは騰勢だが、ゴールドからみればドル下落。より事が鮮明になるか。 #
  • 22:12 然り、連銀も金融業者もマネーは作り出せるが資産(富)は作り出せない。 #
  • 22:15 かつてのマルクの魔術師(シャハト)のメフォ手形のような手法が注目を集める時局がくるのかもしれない。 #
  • 22:54 ヘンリー・C・K・リューさんの下記の指摘は明快にいまの米国の現実を説明しているように思える。 「インフレ、デフレという通常の用語はもはや連銀が放出した過大な流動性を記述するのに適切ではない。 #
  • 22:55 それは債務が駆り立てた資産価格バブルの炸裂を新規マネーがリフレートしていったからだ。しかし新規マネーは需要を回復するための賃金のかたちで消費者に向かわなかった。 #
  • 22:55 ただ債務に埋もれ困窮した機関にデレバレッジ(債務圧縮)をさせるために、そうした機関に向かったのだ。それで株式市場におけるデフレ(株式価格の下落)は鈍化した。 #
  • 22:56 総賃金は下落し、劇的にさらに需要を削減したのにである。需要の減少はコモディティ価格をデフレートした。 #
  • 22:56 しかし需要を回復するには十分でなかった。なぜなら賃金がより急速に下落しているからである。 #
  • 22:58 金融機関が無料の連銀マネーで債務圧縮しているとき、債権者は連銀が責任を取っているのでマネーを受け取っている。デレバレッジはキャッシュフローの増加がゾンビ金融機関が不労利益を以て収益性を回復するのを可能にするのでコストを削減する。 #
  • 22:58 それで、収縮する経済のなかで価格インフレを伴う利潤インフレとなる。 #
  • 22:58 我々が見ていくのはワイマールタイプのハイパーインフレではなく、崩壊する経済のなかの、名目上は収益性を回復したゾンビ金融機関である。その危険はこうした名目的な不労利益が回復のサインとして見間違われることである。 #
  • 22:59 通常、ハイパーインフレは債権者から借り入れた債務の価値を破壊することで債務者に好都合だが、連銀マネーを使うデレバレッジはその貨幣を使った債務の額面総額をキャンセルするが、その貨幣は誰によっても稼がれないものなのだ。 #
  • 22:59 こうした種類の貨幣はそれがいっそう価値があるようになるほどに富を破壊する有毒なものである。 #
  • 23:00 なぜならいかなる富も、保蔵されべきものとしての貨幣のなかに置かれないし、価値を保蔵するものとしての貨幣の基本的前提条件を否定するからである。 #
  • 23:01 これは需要の破壊ではないが、需要に対するネガティブな効果を生み出すかぎり、価値が保蔵されるものとしての貨幣の破壊である。」(ヘンリー・C・K・リュー) #
  • 23:03 富(資産)の裏付けのないニューマネーがいかに経済にネガティブな効果をもつか、考えさせられる。 #
  • 00:15 「ゴールドは来週1000ドルを超すか」: bit.ly/nf9Re #
  • 09:03 21世紀の社会主義か、オンラインで新たな集合主義がやってくるというマイクロブロギングについてのワィアードの記事は興味深かった。 #
  • 09:10 雨の休日。最近は経済でニュースをまずチェックするようになった。マイクロブログの情報もついでにみる。新聞はほとんど読む必要はなくなった。軽く一覧して必要な記事だけわずかな量を読めばよくなったよ。時間の経済になっている。 #
  • 09:23 マイクロブロギングを利用するようになって、たしかにこれがニーチェやフロイトのいうエス(Es:英語ではit)の発信する世界だなと感じる。自我ほど組織されたものではないし、自我や超自我に感覚や直感のようなものをポンプで送り続けている宇宙のようだ。 #
  • 10:13 アタマが冴えている午前くらいPCの電源をいれないのはよいことだ。どうせバカバカしい迷惑メールの山のなかから肝心な幾本かのメールを見つけ出す作業をまずしなくちゃならない。20分、30分もかかることもある。せっかく芽生えた着想もそんな作業のなかで消えていく。 #
  • 10:26 今度のゲゼル研究会講演会でお話させていただくことをアタマのなかで整理し始めている。この間ずうっと主張していた多中心の社会モデルの話なのだが、そのなかで先日触れさせていただいた八木の各巻のなかでも龍の巻の哲学が凄いなあとつくずく感じている。勿論相場の本だからナンピンの手法を説くのが #
  • 10:41 その本の核心だけれど、それを支える思考が凄い。マーケットを無極にして大極なりと喝破しているところは相場に関係しているものなら誰でも実感しているだろう。相場を操作しょうとするどのような勢力もたとえ一時的に成功しているかに見えても相場の力にはかなわない。企業筋、早耳筋にはかなわず、 #
  • 10:53 彼らがうまくやっているように見えても必ずしっぺ返しをくう。ましてや「陰謀理論」のごときものは通用しない。全能の陰謀家ではなく、山片蟠桃が言うところの大知である。それは無極であればこそ成立する。多中心とは無極でありながら大極を作る。無数のプレーヤーがつくる変化してやまないもの。 #
  • 11:10 ケータイの日本語入力は先読みしてくれていくつか候補を出してくれるのはいいのだが、うかうかしているととんでもない変換を選んできづかないことがある。もう少し賢い仕組みにならんものか。 #
  • 11:24 Twitterは適度な共存感覚を作り出すことに成功しているように思う。メールであればアドレスを教えなければダイレクトに連絡できないが、Twitterでは教えずとも可能だし、無視しても不都合はないようだ。まずは発信者の作る世界だからか。聞く者は無視しておいてよいわけだ。 #
  • 11:32 いわば発信者は勝手に発信している。だから受信者は自分の都合を遮られることがない。ひとは表にでたいときもあれば隠れて籠っていたいときもある。表に出ても街の雑踏のなかに孤独に身を置きたいときもあれば、知人に会いたいときもある。しかし雑踏という広場の孤独というのもよいものだ。 #
  • 11:36 そこにはもっとも緩い共存感覚がある。マイクロブロギングはそうした次元を、まずもってネットに提供したようだ。 #
  • 11:48 マイクロブロギングの関係には濃密な、抜き差しならなさのようなものがない。まるで自由な空気を吸いながら、しかし望む程度の共存感覚をもてる。それはリアルな世界にはあったものとはいえネットでも手に入ったのは素晴らしいことと思う。リアルな世界とも重なりながら、その属地性からいったん離れ、 #
  • 11:57 再びじぶんを我が身の好みのていどに応じて位置させる空間が手に入るわけだ。 #
  • 14:46 道具は使いづらければ敬遠される。一時、支持を受けても文化的な磨滅は避けられない。メッセンジャソフトでチャットというのも利用する人はいただろうが、その内止める。第一、PCに縛り付けられる。それは人間性を研究したシステムとはいえないのではないか。人間はもっと勝手なものだから、 #
  • 14:50 それにあうようなプラットホームが選ばれていくと。その点、マイクロブログはかなりの期間選ばれていきそうだ。 #
  • 15:00 雨中散策。雨あがったか。 #
  • 15:10 たしかに相場が急激に変化するときはありますね。ドルを売り崩したい向きには儲けのチャンス。雷同、パニックも誘いたいところでしょうね。 #
  • 15:42 まあ一本調子にいかんところが難しいところです。 #
  • 16:25 マイクロブログをESとしたが、Twitterのようなものは観音経の世界だということにきづいた。空のうちにざわめく世の中や生きとし生けるものの声をまさに観る、ようやく東洋の思考や理解されるようになったか #
  • 16:26 観音の音とは単なるおとではないのだ。 #
  • 16:36 帰宅。夕食まで少し楽しい本でも読むか。道楽に時間がさけない生活もつまらんし。松亭金水でも手にとるか。 #
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1 件のコメント:

Jota_Shimazaki さんのコメント...

>「テクノロジーであれば常に革新があっていいはず」 そういうものなのでしょうか? もし生活を司る仕組みが、常に変って行くものでは人々は将来に不安を感じるのではないでしょうか? 変って行く部分と、変らない部分がある必要があるのではないか、と思います。 そして、変らない部分とは何なのか? 物(コモディティ)と、人間の労働、辺りでしょうか?