2009年5月20日水曜日

財産

財産があるというのはよいことらしい。財産をみなが欲しがる。

しかし・・・

なにかを欲しがるということは、そのなにかの崇拝者になっているということでもある。そのなにかを仰ぎ見る哀れな位置にじぶんを置いているともいえる。欲求している限り、その対象に隷属する。

泥棒たちは財産を敬う。彼らは財産を彼らがいっそう完璧に敬える彼らの財産にするのを望むだけである。(G・K・チェスタトン)

然り、びんぼー人としては、そう考え、我が身、自由だか不自由だか定めかねる境遇をなぐさめたい。

3 件のコメント:

Jota_Shimazaki さんのコメント...

財産がある、というのは、人間の身体でいうとホメオスタシス http://bit.ly/28qgm が高い、ということだろうと思っています。 つまり、若干不都合なことが起きても、路頭に迷う等の大事にならずに、暫くの間は凌げる、ということかと。 今の社会でそれ相応に金が無いのは、やはり不自由なことなのだろうと思うことは思いますね。 ただ、子供の教育と自分がネットに繋がる以上の大金があっても、今の自分は大して使い道がある訳では無いかもしれないな、と思ったりします。

a1m さんのコメント...

適度なカネは要りますね。しかし身の丈を定めておかないと、その程度が決まらない。

Jota_Shimazaki さんのコメント...

身の丈、ですか。 子供に頭の出来具合相応に良い大学を卒業するだけの教育を与えられるだけのお金があれば十分のような気がします。 あとは老いて死ぬまで、見苦しくない程度に生きて行ければ十分だと考えています。 あ、しかし、子供の教育が終わってリタイアしたら、もう一度大学に戻って経済学の勉強がしたいな、なんて思っているので、そういうことを言い出すと身の丈の程度はどんどん大きくなっていってしまうんですね。