2009年6月10日水曜日

金銀財貨の力を頼まず

たいへんな時というのはあるもの。荒廃、喪失、恐慌・・・そうしたとき、こんなにひどくなったと嘆かず、始めに戻るだけという教訓。自力で切り開くのほかなしか。

「郡村困窮致難渋、或は死潰(しかい)、又は離散、致田畑手余、終に荒地罷在り、亡所退転相成、人々口すさみに、如此(このごとく)世中(よのなか)末(スエ)に相成候と申候、田畑荒れ、人家衰ひたるをみては、皆末なりと申、尤其理なきにあらす、物皆大凡(ものみなおおよそ)始め細く、中程太く、終り細くなる物なり、雖然(しかりといえども)世界一円破却したるにもあらずば、又春生し秋枯るゝものとも違ひ申候、人皆世中をさかさまに見て居る故なり。元荒地より初て、自然田畑開け、郡村盛なりたるなれは、古に帰りたる者也、帰発せんと欲する時は、今貴盛なる世並風儀を捨て、古へ敷島原に立戻り、通路橋舟もなく、只一人草野生得たる時、草木の芽立若葉、或は実法(みのり)取食ひ、若葉の露をなめ、窪き所の流を呑み、又虫魚鳥獣を食ひ、露命を繋ぐ外これあるましく候、国祖 天照大神の御代に立戻り、金銀財貨の力を頼ます、誠意一ツを種として、今日草の実法を集め、木草の根を堀り食ひ、木葉草葉木皮を集め、寒暑を凌き、今日を営み余力ある時、水辺湿地見立切り起し、稲を植得実法食(みのりをえてしょく)し、其味草木の根、木の実草の実と違ひ、うまき事無極(きわまりなし)、右為報恩沢、半分食ひ半分開発入用に除置(のぞきおき)、」(以下欠文)(二宮尊徳、「未定稿」)


4 件のコメント:

sachi さんのコメント...

念願かなって、尊徳記念館と、報徳二宮神社、報徳博物館に行きました。
荘子の大好きな私には、「一円観」がとても興味深く、報徳博物館で円相図パネルの説明冊子を分けていただきました。MLで興味を持って以来、長~いことですが、遅々とした歩みですが、一歩一歩デス。
いまこそ!の尊徳翁の知恵は、膨大です。
森野さん、紐解き宜しくお願いしま~す♪

a1m さんのコメント...

それはすばらしい!

次は二宮町に行ってください。

いま「天禄増減鏡」の解読をしているところです。

sachi さんのコメント...

「天禄増減鏡」の解読とは…すばらしいですね!!
まさに必要な時節というか…
二宮町はこの3月、市町村合併により今では、地名から「二宮」が消えたようす。
8年くらい前だったか、モニョンゴロの佐藤さんやEOLの上岡さんたちと、訪問しました♪
二宮神社に行き、資料館にも短い時間ですが立ち寄ったように記憶しています。
今行けば、また、違った感慨がありそうです!
数年前、阿蘇の友だちを誘って、三浦梅園資料館にも行きました♪
ムズカシイ…と、国語力不足を痛感しつつ、スゴイ人だったことを感じてきました。 
日本の知恵の数々を「今」に掘り起こしたいです…

a1m さんのコメント...

そうですか!

では今年の2月ころ訪ねたのは二宮町がなくなる寸前でありましたか。

尊徳さんの関連では、ぜひ一度、福岡県立花町の大内邸もお訪ねになるとよいですね。

http://d.hatena.ne.jp/a1ma1m/20090225/1235487801