2009年6月12日金曜日

歌留多大明神

投機に興味をもたれる方々をみていて、いつも思いだすのは、西鶴『本朝二十不幸』中の「先斗(ほんと)に置いて来た男」の話。(画像をクリックすると拡大されます。)


「銭(ぜに)溜(た)める分別ばかりして」、「千両が二千両に成る」の賭け事でカネを追い求め、「住吉大明神に祈誓を掛けんより、金銀置き掛けて歌留多大明神を祈るが近道」とする男の話。結局、すべてを失い、大道で「天狗頼母子と名付け」たインチキをやって「愚かなる人の銭を取」るようになる。

なんだか現在の金融市場資本主義の人間模様がつい彷彿としてくる。

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