2009年7月17日金曜日

通国一体

コミュニティという言葉をよく聞かされる。しかし私のような年寄りにはこれがなにをおっしゃっているのか皆目わからない。カタカナ語を使うのは控えて欲しいが、耳タコ状態。

日本語でなんというのか、西周は『百学連環』のなかで、communityに「通国一体」という訳語を当てている。ここで国とは国家というより人が具体的に生存する「くに」を指すだろう。いわばくにじゅうをひとつにするという意味で解釈している。人は共に感情から始まりあれこれを与え合い分かち合ってひとつを作る。それがcommunityであれば、分かち合い取り合う理念がそこにあることも知る。それは人が生活をそこに置く地域で共有される、それこそ生活そのものといえるか。

しかし生活実感を欠いたコミュニティという言葉が浮遊しているように感じられる。

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