2009年8月16日日曜日

「人は出会いによって育つ」(堀田善衞)

グーグルのこのブログ、bloggerは使いやすくてたいへん気に入っている。別の場所で書いたものも、こちらに統合していこうかなと。優秀な検索機能で、以前メモしておいたことをすぐにみつけて、かみしめ直すことができるし。毎日一つずつ移転していけば、そのうち終了するだろう。

で、「人は出会いによって育つ」(堀田善衞)として愛読書のことに言及した。

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またまた愛読書の、堀田善衞、『定家名月記私抄』からの話題である。

まだ若造の定家、25歳、自由人の典型である思想家、西行法師と出会うのである。西行、時に69歳。定家自身、歌の道への専念を決意させたという出合いであるが、西行は歌合でのじしんの歌の判詞を乞うている。

判詞とは句の優劣・可否を判定するものだ。その判定者を定家にしろというわけである。

一方は当代の思想的巨人である。定家が応えるに窮して悶々たる状況を迎えるのは当然であった。

こ の「勝ち負け記し付く」る大それた仕事に悩み、答えを出すのに二年もかかってしまう出来事につき、堀田はどう見ても西行のほうが無理無態だが、西行は「自 分の寿命の限りが来ているという自覚に促されて」いたのであろうとし、「人は出会いによつて育つ」と簡単にコメントしている。

答えを出せず二年もかかる定家のうちに育ちをみているわけだ。

場合によって、応えるとはかくも厳しく、向後の人の生き方を決めさせるものだとはあえて述べずに、余韻を残している。堀田の文章のすばらしいところでもある。

堀 田の理解によれば、和歌とは、「・・・和する歌、要するに、こたえる歌、の意なのであり、それが原意である。つまり近、現代的な独立した一首の詩歌という 意は、原意には添っていないのである。それはつねに応答、交換を期しているもので、場合によっては会話、対話の一種でさえある。」(p.62.)

と すれば、こたえきれぬ煩悶のうちに、定家の和歌の道が切り開かれたことがわかる。和するはそのときそのときに成立するものばかりではない。こたえを得、反 応に出会うのに時間のずれが伴う場合も多い。(いっぱんに交換とはそういうものだ。) だがやりとりのうちに、いつか人は応えをなさんとする。そうした質 をもった相和するでなければ、人の関わりとはいえないのかもしれない。

街が人を育てるなんぞと町作り系の方々がいう(わたしもずいぶん強 調した)。出会いのあるところ街も人も育つと言った。しかしそのかけ声のいかに空疎であったことか。そこに各人の向後を決める一撃やあったか。年寄りが西 行の如く急いてテーマを出し、若者が定家のごとく抱え込むべき課題を知る、そんな出会いがなければ、人の育つ街などできなかろう。定家、西行によって行く 道を決めてしまったのだから。

新古今巻の十六の、法橋法師の歌、詞書に、「月明(あか)き夜、定家朝臣に逢ひて侍りけるに、歌の道に志深きことはいつばかりよりのことにかと尋ね侍りければ、若く侍りし時、西行に久しくあひ伴ひて聞きならひ侍りしよし申して」(p.72.)とあるとのこと。

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