2009年9月19日土曜日

AMIの米国貨幣法案

ブログにあれこれ書いているとなにを書いたか、しばしば忘れる。もしかして紹介したのかもしれないが、昨秋来経験している信用崩壊の現実は、一周年。より根本的な私たちの金融システムへの懐疑をもたらしているはずだが、人はすぐにも忘れたがっているようだ。

なぜなら、部分準備の金融システムが債務マネーをふくらませてきたことへの反省が、かつての大恐慌後提起された100%リザーブのシカゴプランへの関心を喚起してきたが、最近はそうでもないように感じるから。

しかし実践上の困難がいかに伴うとはいえ、システム改革への問題意識は失うべきではないだろう。

「金融資本が産業資本を麻痺さる仕方:部分準備銀行業の役割」という一文に、ジョン・ホットソンからの引用を見かける。

「100%リザーブプランが・・・債務マネーを終わらせるだろう。・・・政府貨幣[法定通貨]が「良貨」である。なぜなら利子や債務とは無縁に流通に投ぜられるからだ。そうして改革の後、比較的僅かな置き換えの費用で貨幣の有用な機能が紙幣や鋳貨を歓迎されないものとする。・・・商業銀行が作り出す貨幣は「悪貨」である。なぜなら利付きで流通に投ぜられるからだ。そして誰かが利子の支払いを受け入れ、銀行が貸し付けを続ける意思がある限りでのみ存在するものにすぎないからだ。」(ジョン・ホットソン、「債務マネーシステムの終焉」[Hotson, J. "Ending the Debt Money System", Challenge, March-April 1985, pp.48-50.])
やはり関心は持続させたい。そこで、AMERICAN MONETARY INSTITUTEのステファン・ジャーレンガ(Zarlengaとはたぶんこう発音するのだろう、確信はない)による「1930年代のシカゴプランと米国貨幣法」という、05年10月、AMI貨幣改革カンファレンスでの一文を同研究所のサイトで読む。

明日、こうしたテーマに関連してほんの僅かの時間で話題提供する機会があるから。ざっと読んでいくと下記のような内容。少しは参考になるところがあったか・・・な。

・・・以下引用

なぜ貨幣改革が決定的に重要なのですか?

貨幣権力は執行、立法、司法の諸部門より市民の日々の生活に大きなインパクトをもつからです。それはまことに政府の第四部門ですし、あるいはそうであるべきでしょう。そしてそれを私人の手の内に引き渡していることは危険ですし、受け入れられるものではありません。それは私たちの政体の権力均衡の原理を否認するものですし、貴族制、金権政治、富による支配を作り出します。

私的に管理された貨幣システムは、環境や医療、平和のイニシアティブのようなその他の領域で苦労して達成した諸改革を無効にできます。なぜなら富と権力の集中はいつかは逆らえないものになるでしょうし、人々に敵対して、私たちが達成したどのような成果をも巻き戻すために使われるのです。ルーズベルトの社会保障改革に対する攻撃が証拠です。あなたがたの背後にある私的にコントロールされる社会のマネーシステムをもってしては、本当の進歩を確保しえないのです。

貨幣改革が真にいみするものはなんですか?

幾人かに特別な特権を、その他には不利を与えない公正なシステムの確立を意味します。富と権力を集中させないということです。社会が良好な生活のための価値を創造するのを支援することを意味するのです。

あなたがたは米国貨幣法草案、第9版を手にしました。明日のセッションで文書でコメントが求められます。あなたがたの見解はこのイニシアティブをまとめる助けになるでしょう。専門家にも諮問されるでしょう。そしてよい点が公のコメントを求めることになる10版に書き込まれます。それまでは広く配布されません。どなたかそれを見るべきであるとお思いでしたら、コピーを送るよう私に申しつけてください。

私たちはいまのところこれに責任を負うものではありません。『貨幣の失われた科学』第24章に、私たちは合法的に実行するであろう改革の三つの部分を書いています。

実行できるプランの準備ができていることが決定的に重要です。もしではなく、次の金融メルトダウンが発生したときのために。貨幣システム対する管理には途方もない権力が存在しますので、それがいつ起きるのか誰も知りません。しかし、警告のサインは数年、あるのです。数個のひどいハリケーンによって引き起こされるでしょう。

この米国通貨法は、大恐慌時のシカゴプランにさかのぼる長い改革の伝統の一部です。(そしてこのプランは1926年に英国の偉大な科学者、フレデリック・ソディが別個に進めたものと似たものです。)

1932年12月から始めましょう。それは連邦準備制度理事会が米国の銀行業「エリート」によって作られてからたった20年経っただけなのです(『貨幣の失われた科学』だい19章参照)。しかし、その短な20年間で連邦準備制度理事会は米国を屈服させました。

・農場は巨額の債務と土地価格の下落で破産
・工場は休業
・交易は破壊
・銀行は休業
・経済は崩壊ーー人々は仕事を見つけることができず多くは空腹を抱えていた。

1929年から1932まで

・国民所得は52%下落
・工業生産は47%下落
・卸売価格は32%下落
・債務の実質額は140%増加
・失業は329%増加して350万から1500万に。労働力の4分の1以上が失業。こうした破壊すべてが20年以内のことではない!

こうした恐ろしい環境のなかで、多くのエコノミストが銀行システムが問題を引き起こし、大きな変更が必要であると意識していました。銀行家たちとエコノミストたちが恐れたのはあらゆる銀行が簡単に国有化されるであろうということでした。なぜなら人々は怒っていましたから。彼らは暴力革命が勃発するかもしれないと恐れたのです。

こうした雰囲気のなか、この国の最良の経済的知性が改革プランを工夫しました。シカゴ大学のヘンリー・サイモンズが提案を作成し、その他の大学の著名な経済学者たちが彼に協力し、シカゴプランとして知られるようになったのです。彼らの名前をいくつか挙げれば、シカゴ大学のポール・ダグラス、プリンストン大学のフランク・グラハムやチャールズ・ウィッタレズリィ、エール大学のアーヴィング・フィッシャー、デューク大学のイール・ハミルトン、ニューヨーク大学のウィルフォード・キングです。

ひとつに見解があらゆるアカデミックな経済学者たち、総計でおよそ1000人近くに送られました。その反応のなかで、157大学の235件が提案に賛成し、別の40件が留保付きで同意し、45件だけが不承認でした。したがってこのプランは幅広い専門家の支持を得たのです。シカゴプランの変種は通常、銀行業が愚かで有害であると非難することから始まりました。

「貨幣と信用の目的が財やサービスの交換に水を差し、周期的に生産された富を破壊し、貯蓄する者たちを挫き、躓かせるものであるなら、我々の現行の貨幣システムはもっとも効果的に(それをなす)!」

彼らは実質的な本位ではないとして金本位を不要なものとしました。金の価値が商品に対して激しく上下に変動したからです。1914年から1917年までに卸売り物価は65%騰貴し、1920年5月には55%上昇しました。それで金貨は連邦準備制度の最初の6年間で卸売り物価に対してその価値の75%以上を失ったのです。1921年の6月までに、卸売り物価は金に対して56%下落しました。「兌換紙幣」支持者は金貨幣が安定的であると信じてきましたが、こうした事実を研究すべきでしょう。

このプランのある版では、ルーズベルトが金を「国際的な銀行家たちの古くさいフェティシズム」と呼ぶのを引用しました。

シカゴプランの主要な特徴は下記のようなものでした。

第一:政府のみが貨幣を創造する。連邦準備銀行は国有化されるだろう。しかし個々の会員銀行はそうではない。貨幣を創造する力は、銀行システムが貨幣を創造するメカニズムである部分準備を廃止することで、私的銀行から除去されるべきである。したがって、このプランは当座預金に100%準備を要求し、このことは単に、銀行が倉庫であることを意味し、貨幣を移転し、そのサービスに料金を課すものとすることである。

第二:このプランは、私的銀行に属しうる融資実行機能を、政府に属する貨幣創造機能から切り離した。貸付はなお私的銀行の機能であるべきだが、長期に貯蓄された貨幣を貸し付けるのであって、信用を創造することによってではない。こうした仕方で、短期預金を使って長期融資をするという短期に借りて長期に貸すこととして知られる不安定な習慣は制限されるだろう。その提案されたいくつかの変種ではこれはミューチャルファンドのようなメカニズムで実行されるか、あるいは完全に新たなタイプの銀行を用いて実行される。

第三:このプランは貨幣と信用の間の違いを認めた。これらは部分準備と「真正手形学説」と呼ばれたものを通して混乱させられてきたのである。この混乱は不況の原因の一つとみなされる。どのような下降局面でも発生するが、事業が商業手形に基づく借り入れを抑制するとき、貨幣供給の一部は自動的に清算される。シカゴプランはそこに不安定性をみたのである。それは景気下降を激しいものとするのである。

サイモンズはこんにちでも私たちを苦しめていることを十分に観察したのです。

「間違いは・・・貨幣を恐れて債務を信用することのなかにある。貨幣それ自体は民主主義や立法府のコントロールにとても従順である。なぜならどのようなコミュニティも目に見えて上がったり下がったりする通貨を望みはしないからだ。・・・しかし貨幣は、大量の個人的債務や私的な貨幣近似物と一緒には、あるいは・・・山のような公的債務と同時には、容易に管理できない。」 (EP、199ページ)

このプランの変種によっては、米国政府が100%リザーブを実現するために必要な新たに印刷されたキャッシュのすべてか、あるいは一部を銀行に貸し付けるとしています。このことはこのプランの重要な部分でした。預金者は銀行に行き、口座から預金を引き出し、そのシステムを収縮させるからです。

また、リザーブの貸出という機能はまた、すでに貨幣化されたすべての銀行信用を新の米国貨幣にエレガントに変換するものでした。そこでは銀行は私たちの政府に金利を支払うわけです。それは事後的に銀行融資を媒介物にすることで、銀行の融資の仕事に妥当な若干のスプレッドを稼がせるのです。

最良の経済学の知性がシカゴプランを支えたのです。

ポール・ダグラスはこう書いています

「この提案はもちろん購買力を創造する有利な特権を持つ銀行家から反対されるだろう。しかし、預金の安全性を保障するだろうし、政府に大きな収入を得させるだろう。完全な社会的規制を通貨行政に提供して、資本市場での異常な変動を防ぐであろう。 同時にまた、それは生産資源の配分が・・・主として個人の掌中にあり続けることをも許容するであろう。つまるところ、我らが貨幣及び信用のシステムにとって最も多くの約束をなすプログラムに思える、」 (CP、141ページ)

フランク・グラハムは貨幣を発行する権利が政府の属することは自明であり、銀行の貨幣発行益は一種のコミュニティに対する課税であると書きました。「銀行家が享受するこの特権は貸付のプロセスにとって決して不可欠ではない。」

ルーズベルトの下で連銀議長になったマリナー・エクルズは、連邦準備銀行を国有化するのが政府にとって最良のコースであると証言しました。

国会議員ジェリー・フォーヒスは100%リザーブと年金や障害者に支払うことで貨幣を流通に投じることを擁護しました。1945年には、フォーヒスは唯一の貨幣創造者として米国通貨局のための法律を提起をしました (CP、162ページ)

その諸部分には同意しなかったジェームス・エンジェルは、「それは経済活動を合理的に安定したものにする方向に向かって行くだろう」と書いていました。
(CP、144ページ)

偉大なフランス人の経済学者、モーリス・アレは、1948年にこのプランを支持し、それに関する本を発行しました。

エール大学のアーヴィング・フィッシャーは1940年代、これについて頻繁にかつ幅広く書いています。

ジョン・ホッソンとCOMER(訳注:The Committee on Monetary and Economic Reformを指すのか?)は1985年、これに提唱しました。(CP、174ページ)

戦後、若きミルトン・フリードマンはシカゴプランの最もよく知られた支持者でした。 「ヘンリー・サイモンズは不換紙幣の創造が政府独占であるべきであるという私が共有する意見を…保持していた。」 と1975年にフリードマンは議会で証言し、1985年には、「私は100%リザーブの支持者であることをやめてはいません。」と書いています。フリードマンは、100%リザーブへの移行が難しくないと考えていたのです。「たとえば、現在から1年あたり25%、2年間で50%、等々」(173、CP181ページ)と。

しかし、シカゴプランを法律にするのは微妙でした。シカゴ大学の事務官、メイナード・ハッチンスが1933年12月に、上院議員ブロンソン・カッティングにプランのコピーを送ると、カッティングは、法案を起草するように彼に頼みました。4か月後、彼はハッチンスに電報を打ち、どこにそれがあったか尋ね、サイモンズが1934年6月6日にカッティングにプランの要点を提示しに行き、カッティングスはそれを1934年12月に上院に提出し(S.3744)、ライト・パットマンがそれを下院に提出しました(HR9855)。

法案は当座預金に100%リザーブを要求し、5%のリザーブを維持しなければならない貯蓄口座から切り離されました。それは、連邦通貨局に通貨の供給と政府発行有価証券の売買をコントロールするようにしました。

私たちの貨幣システムを適切な公的管理のもとにおく三部からなる改革、米国通貨法はその主要な特質において、シカゴプラン(注:1)に同意するものです。

第一に: 連邦準備銀行は米国財務省に合体されます。そこで私的な、利子を生む債務としてではなく、貨幣として政府が貨幣を創造します。そして、公衆の福祉を促進するために流通に投ぜられて、インフレにもデフレにもならないようにモニターされるでしょう。

第二に:それは部分準備のシステムを通して銀行が購買力を創造する特権を取り除きます。米国政府は最初に、過去に貨幣化されたあらゆる融資を政府マネーに変換して、100%準備するのに十分な貨幣を銀行に貸し付けることで部分準備をうまく終わらせます。銀行は人々が現在銀行がしていると思っているように預金を受け入れ、それを借り手に融資する媒介者として振る舞います。

第三に:それは新たに創造された貨幣を、成熟していく社会が必要とする教育やヘルスケアを含めたインフラのために流通にさせます。初めは、米国土木学会がインフラの修繕のために見積もっている1兆5000億ドルから始めて、国中に雇用を作り出し、地域経済を再活性化し、あらゆるレベルの政府を確立し直します。

インフレーションという偽りの幽霊はいつも、私たちの政府が国家の貨幣供給を提供する責任を果たすという、こうした示唆に反対を巻き起こさせます。しかし、こうした反射的な反応は、政府に対する幾世紀、何10年間ものプロパガンダの結果です。実際、『貨幣の失われた科学』がしたように、ひとが貨幣の記録を調べるとき、政府が銀行家たちがした以上によく貨幣を発行し管理したことがあきらかになります。

(以下略、上記サイトご参照ください)

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