2009年10月11日日曜日

ハイパーインフレ

たしか、キンドルバーガーは大恐慌に先立ついくつかの要因を挙げ、戦争の遺産つまり賠償の問題や戦争債務、そして1923年のドイツのハイパーインフレがその後のデフレ政策をもたらしたことなどに言及していた。

世上よくドイツの、このハイパーインフレについては言及されるのだが、ドイツ・マルクの惨落に始まるこの経済史上極端な事例につき、それを実際に目撃した話を高木友三郎の『金再禁止とわが財界』(1931)のなかに見つけたので、メモしておこう。

ドイツのマルク貨暴落は頗る極端な例であって、いま日本が金輸出禁止をしたとて(現在再禁止中)斯く暴落するとは著者は毛頭信ずるのではない。・・・でも、理論の研究は、謂ゆる真空的試験により、ドイツの如き徹底的暴落の実例を見るのが一番早い。これ茲に偶然にも著者の二年に亘りて目撃したマルクの惨落時代並びに切下げ(平価切下げ)後の安定時代を例に引く所以にほかならぬ。

さて、マルク低落と物価の昂騰関係は、初めは一部の機敏なる商人若くは為替通を除き、一般ドイツ人は意識しなかったやうだ。外人はおかげで非常に利益し、何を買つても安くてしやうがなかつた。恰も大正五、六年頃の日本の船成金と同じ気持である。

だが、そんな天国がさうさう永続する筈もない。やがて、道行く児童も「今日はポンドに何マルク」と歌ひだすやうになつたと共に、物価は毎日毎日昇ぼりはじめたのみならず、しまゐには、物価がマルクの低落に先き走て昇ぼるやうになつた。

その結果はどうであつたか。最も多く借金して、或ひは物を出来るだけ買ひ、或ひは事業を出来るだけ拡張したものが大いにあてた。スチネンス・コンツエルンの成功は実にこの借金政策、この貨幣価値下落の賜にほかならぬ。それから、その日その日に市価を昂げうる一般日常品の生産者や所有者、この連中が大いに儲けた。農民のごときは、その地下室に囲へるジャガ芋、その飼育せる鶏豚が、毎朝目ざめるごとに騰貴して行く、曾て負債に苦しんだ何千マルクの借金も、今は一塊のジャガ芋、一個の卵にしか値ひしないのだ。

でも、彼等といへども安心はできない。その大いに儲けた金を、そのまヽ金にしてをくと、二、三日の中にゼロとなつてしまう。そこで彼等は菓子、酒、タバコから衣服、住宅改造と、できるだけ早く、できるだけ多くの物を買込んで、金を物に換えなければならなかつた。

かやうにして、マルクの暴落は、物の直接生産者と昨日まで借金で首の廻らなかつた連中を大いに富ましたのである。

これに反し、マルク暴落で最も損した人々は、いわゆる現金持ちである。銀行の預金、保険掛金、公社債其他の債権は、後に法律の保護はあつたが、行届いたとは云へなかつた。ついで一定賃銀の労働者と、月給取りのサラリー・マンである。むろん賃銀も月給も、物価騰貴について引上げられはしたが、その引上げ率は、とても物価昂騰テムポの急に及ぶべくもない。

それから水道、瓦斯、電灯のごとき、その料金の変更が容易ならず、反対に支出は石炭も賃銀も早く昂がる事業は、常に損失がちであつた。政府の財政もまた、税金は容易に動かしがたく、著者のごときも、外人税とか滞留税とかなるものを何百万マルクだつたが払つた覚えはあるが、徴収状のくる時分は、すでに一ポンドで何億マルクを得られたのだから、日本貨にすれば些々たるもので、物のかずにも入らぬ。郵税はしばしば引上げられたが、それでも一般物価の騰貴に比すべくもあらず、政府も足らぬ足らぬで国庫証券のやりくり勘定に困つたらしい。

銀行は一方で預金者には、債務者として利したが、他方では貸付者には、債権者として損し、この間金利の引上げ稼ぎ、まづは損得なき無難な方であつた。

家主や地主は、その家賃や地代を毎日昂げるわけにも行かず、サラリー・マン同様に物価騰貴時代は、絶えず後手後手で苦しんだが、その家屋、土地の時価は、日々昂騰した。また平価切下げ後は、新平価で他の物価並みにそれ相応の実物価値を発揮したから、単なる一定貨幣価値の所有者と異なり、終局的な大損失は被らなかつた。

要するに、マルク暴落は、木の葉が沈んで石が流れる的な貨幣価値の革命をやつた。そして人生いよいよのドタンばとなれば、金は瀧のごとく流れて何等の価値なく、パンや芋がダイヤモンドのごとく光ることを示した。

フランスがフラン貨を五分の一に切下げたのも、大戦で已むなく不換紙幣を次第に増発し、その増発の累積すること多年、物価も債務関係も、既にこの通貨量に順応を見せて来た。従つて、正貨準備は相当に出来ても俄にこれを収縮するの反て財界を攪乱する所以なるにかんがみ平価を切下げたまヽである。

これに対し、いま日本が金禁止をしても、それは通貨膨張による為替暴落の結果ではない。たゞ、今後の正貨流出及びこれに伴う通貨収縮並びに金利高を防止せんが為にほかならぬ。故に為替は低落しても、その低落度合ひは、国際貸借の支払超過の程度による。もし今後のわが国際貸借にして、そのバランスを得んか、たとへ金輸出は禁止されてゐても、為替は自然に平価に帰るであろう。

こうした臨場感溢れる見聞はわかりやすい。こうした事例に実際に遭遇するのはきわめて希であるし、極端な事例がカネとモノの関係を簡明に教えてくれているように思える。

0 件のコメント: