2009年10月28日水曜日

貯蓄率

なんの気なしに投資家向けサイトをみていく。下記が目に留まる。

「中国における高貯蓄率は中国人を傷める」

そのなかにこんなくだりが・・・

「米国の低貯蓄率は文化的なもの。金融危機の後、貯蓄率はマイナスからなんらか5%に上昇してきた。この5%は米国にとって著しい変貌、文化面での変化であると見られている。

しかし、そうではない。5%は驚くほど低いレベルである。いろいろなことが腐っていくとき、5%は大した安全ネットではない。しかし少なくとも、その5%の貯蓄率は、米国人が、物事が実際に悪化していきうると信じていることを示している。それは二年前とはひどく異なっている。

それでも米国人は自信を持っているし、過信さえしている状態であり、我々の制度は世話をしてくれて、社会保障が我々の引退後の貯蓄を補うということだろう。

明らかに、中国の文化は変わっている最中である。そして、これは緩慢なプロセスだ。・・・

中国の貯蓄率は39%と報告される。そして、この数字は中国市民の精神をよく語っている。とりわけ、それは中国人が彼らの経済体制が将来より良い人生を彼らにらに提供すると確信していないことを示しいる。そして、これには深い含意がある、中国の次の動きが何であるに違いないかについての・・・」

貯蓄率が示すものは明白である。将来を楽観しえない者ほど貯蓄せざるをえない。社会が信ずるに足らない社会であるほどそうだ。

米国人はまだ米国社会を信じているということか。将来の世界の支配者、中国の人間は中国社会を信じていない。5%と39%の暗示するをものをどう読むか。そこに読む人が如何なる考えの人であるかも伺い知れるわけだ(^_^)

しかしだ、これまでの貯蓄を取り崩しながら、先行き頼みにしえぬ衰退する国家社会のなかで細々と生活し、ようやく生きながらえている我がジャパンの私のような高齢者にはもうどうでもよいか。いまの子供達は、先行き現在の中国と比べてさえ比較にならぬ悪状況のなか、過酷な生活を強いられ、そのなかでさえ、さらに悪化する将来予想のなかで高貯蓄を目指さざるをえないのかもしれない。

貯蓄率が示すのは残酷な経済の現実か、友愛なんていう金持ちの口先の言の葉ではないことだけは確かかもしれない。

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