2009年12月23日水曜日

都会に座して

「今日地方の事情に通達せざる者はあるいはいわんとす。両三年米穀の下落により多くの土地を所有する者は、これがために一大困難を感ずるに相違なし。しか れども下等人民にいたっては食糧を得るの容易なるにより一般人気の平穏なるを見るべきはずなるに、かえって諸方に借金党を現出し、または暴動をなすもの有 るに至るはほとんど解すべからざるのことにあらずやと。嗚呼都会に坐して地方の有様を想像す、何ぞ小民が困難切迫の情態を感覚するを望むべけんや。それ村 落の人民はおおむね土地によりて生活せり、しかして昨今田地を所持する者はほとんどその利益を見ざるのみならず、国税地方税を払えば一年の収穫を挙げてな お不足を生ずるもの往々にしてこれ有り、故に土地家屋を典売しまたは公売処分にあい妻子を棄てて逃亡をなすもの日に増加し、実に惨憺として哀むべきの有様 を現出せり。農夫の情態はすでにかくのごとくなれば、大工、左官、鍛冶、建具諸工を始め皆空手にてその日を経過し、しかして水飲百姓の賃銀をもって生活す る者のごときは全くその職業を失えり。しかれば何ほど米価の下値なりともいかにしてその父母妻子を養育するを得んや。しかして財産家はその資本の運転を止 めて賃借の道はほとんど中絶し、負債ある者はこれが消却の方法を失い、財主のために先祖伝来の田地を引揚げらるるに至れり。勢いかくのごとくなれば、自ら 借金党のごとき者を生み出してますます経済上の発達を妨害す。いやしくも不逞の徒有りてこれを煽動するときは、前後の顧慮なくして一村落の騒擾を引起こさ ざるを得ず、まことに痛嘆あまりありというべきなり。」

朝野新聞三三0一号、明治十七年十一月六日、梅原北明編、『近世暴動反逆変乱史』、海燕書房、1973年より重引)

秩父事件(秩父困民党、貧乏借金党)を伝える当時の新聞記事です。

「嗚呼都会に坐して地方の有様を想像す、何ぞ小民が困難切迫の情態を感覚するを望むべけんや。」とはいつの時代にも、そうだよな~と思っています。

都会に座す者、組織に立て籠もる者、あれこれいますが、当の場所の情態を感覚する者、少なし、か。

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