2009年1月31日土曜日

年表

今回の金融・経済危機は動きが速く、情報も多く、事態は複雑にみえる。

その引き金になった米国の住宅ローン危機の沿革をわかりやすく年表にしてくれているサイトがある。08年の5月までだが、事の理解に便利。

ユーロ存続の危機

とうとうソロスも言い始めましたか。

オーストリア、デア・スタンダード紙とのインタビュー。
(上記サイトで、Sorosで検索すると記事が出てきます)

該当部分はコレ。
29. Jänner 2009, 18:46
"Krise schlimmer als erwartet"
"Eigentlich ist das Finanzsystem kollabiert", sagt George Soros im STANDARD-Interview

・・・・

Standard: Der Internationale Währungsfonds forciert das. Sollte die EU Ihrer Meinung nach in dieser Richtung aktiver werden?

Soros: Die EU sollte das machen. Wenn sie das nicht macht, dann dürfte der Euro diese Krise nicht überleben. Wir haben sehr ernste Probleme auf internationaler Ebene. Nur auf Konjunkturankurbelungsprogramme zu setzen reicht nicht aus. Aber es gibt noch zu wenig Aufmerksamkeit dafür, dass weit mehr notwendig ist.

これを伝える、ブルームバーグの記事

成長率見通し

月末なので、あれこれ出てきた数字を見てみた。どれもこれも悪くて言及する気になれない。

IMFのワールドエコノミックアウトルック

での、09年の各国の成長率見通しを並べてみると、軒並みマイナスなのは当然として、英国が悪い悪いと言われながら、日本もちゃっかり二着につけているじゃない。

まあ、大変な年になりそうだ。

時の用

信用収縮がなかなか止まない。そんな折、いつも思い出す言葉がコレ。
借銀(かしがね)時の用には立難し
井原西鶴、『萬の文反古(よろずのふみほうぐ)』、「明て驚く書置箱」にある。ここで借という字を使っているが、貸し手の立場から「かしがね」と読んでいる。

金融貸借が積み上がり、利回りの計算にアタマを使い、悦に入り、という人も今般の金融危機では契約を解消し、安全な現金に逃げたいと考える。みながそうなると経済はたいへんなことになる。しかし個人には、イザとなったら役に立ち、当てになるのはキャッシュ。

「明て驚く書置箱」では、ある人が死んで書き置きの箱を残された者たちが空ける話で、遺産分けを題材としている。

そこで、「いづれ人の身代は死なねばしれぬ物に御座候」とあり、あの人は金持ちだ、どうだこうだと周囲は噂するわけですが、死んでみなければその身代は分からんという話。まことにカネにまつわる話は「書置箱」を開けてみないとわかりません。金融危機の疑心暗鬼も「知れぬ物」をあれこれ推測するしかない人の常。また、知れたら知れたで危機が深まる。

上記のことばは、明快な貨幣と信用の真理を表現しているようにみえる。

書置箱からは、手形類もでてくるのだが、キャッシュのほうをとった者が勝ちなわけ。いったん貸したカネはその証文がいくらあっても、先方が返してくれなければどうにもならない。高額の取り立てコストを負担して「切取屋」に頼んだり、第三者で購入してくれる人をさがさなければならなかったり、・・・。

時の用に立つ現金選好は貨幣保有の諸動機の一つでありました。

2009年1月30日金曜日

やはり

ウォールストリートのボーナスについては、オバマは「恥ずべき」だと言ったそうだ。そうだよな〜と思う。

ウォールストリートのボーナス

ニューヨークタイムスでウォール街の金融業者従業員のボーナスの話を読む。

「ウォールストリートは高額のボーナスを支払った」

08年は金融危機で、企業救済だの大騒ぎで現在も深刻化するいっぽう。同紙は08年がウォール街にとって大災害の年としたうえで、ボーナスがやってきたときは別だと皮肉っている。

184億ドルも支払われたからだ。

もちろんグラフを見ると額は最盛期に比して半減しているが、それでも、金融危機の影響で景気後退のまっただなかにたたき込まれている人間からは怨嗟の的になるか。

前年比のグラフも出ているが、マイナス44%といっても、こんな未曾有の危機のなかではもらいすぎだろう。

グラフをみるとあらためて浮き沈みの激しい世界だと思う。こういう業界の変動が経済に影響を与えすぎるのが現在の経済というものか。

新聞の記事は意外に早くアクセスできなくなるので、Change in bonusesのグラフは作成しなおしておいた。

住宅差押え

米国での住宅差押えは、カリフォルニアがトップで、08年、23万6000件との記事をロサンゼルス・タイムズで読んだ。前年比180%増。

米国の住宅市場の底はみえないようだ。

ダヴォス・マントラ

ダヴォス会議のことは夕食時にみたNHKでも取り上げていた。それだけ関心が高いのだろう。各国の政財界の首脳が集まっているようだが、現行の危機の深化をどう避けるか、ポスト金融危機の世界をどうするかがテーマらしい。

しかし、ちょっと待って欲しい。現在の危機はなぜ起こったのか、それを究明し確認することがさきではないのかと感じる。そんな折、ラービー・カント・デバラコンダの一文が目にとまる。

「経済:利益を私有化し、損失を社会化する」

まことに、この間、そしてこれから、人々がみてきたし、見ていく事の核心にあるものだ。これを筆者はダヴォス・マントラと表現している。

マントラ!

然り。

この会議はこの「利益の私有化、損失の社会化」を本質とする神秘の呪文を唱えることで、今日危機を迎えることになったような性格のグローバルで金融経済化した資本主義を推進してきたのではなかったか。

2009年1月29日木曜日

「危機の張本人は誰だ。」

疲れたので、仕事の手を休め、ネットでおもしろい記事を探す。

ルモンドのフォーラム欄に、国際金融危機に関してFloraさんという方のポストがあった。

「危機の張本人は誰だ。」

もちろんここでサミットとはダヴォスのそれを指している。

健全で常識的なマナコは見抜いているなあと、愉快な気持ちになる

・・・以下引用

1:法も信頼も知らず、誰より上にいるお大尽、彼らを愉快にさせるために、ソロスやバフェットやゲーツを寄せ集めてきた以上どころではない最高のお金持ちたち。その同じ人たちは死ぬほど退屈していて、半分狂っていて半分人間嫌いで、重症のパラノイア!私はよく知ってはいないけど、たぶん深刻な精神異常。

2:経済の健康を確保するためには周期的にサイフを破裂させるべきだということを納得させられている理論家たち。彼らはいかさまをしながら豊かになる1を喜ばせる。いま何をすべきか知ってなんかいない。

3:1の人々は脅威を受けている最中。「危機、景気後退、倒産、レイオフ、失業」とびっくりして、飛び上がって、オモシロク取り上げる気がヘンな新聞。正気であるほど、ウラで糸を引くパラノイアではないけど、それに応じてナイーブで、はしごを降りながら、責任をもたず、単純な心性ですばやく稼ぐの。

この三つの階層は量でも重みでも巨大な基礎をもつピラミッドを造っている。サミットの間、最後には自らの仮面が引きはがされるのを見るために誰もが興奮して(妙に笑っている)この瞬間にいっそう強く注意をひいている。

フフフ(笑)

・・・引用終わり


「ダヴォスのレミングス」

シュピーゲルの記事に目がとまる。

ダヴォスの世界経済フォーラムでは、首脳たちが恐怖シナリオと向き合っているそうだ。悲観論のなかダヴォスは「世界経済のサナトリウム」になっているようだ。

「ダヴォスのレミングス」という記事のタイトルに昔、こどもと遊んだゲームを思い出す。

オバマの刺激策

下院で民主・共和両党の支持をうるために、「薄めて効果のない減税を加えた」とクルーグマン

NYTの記事はこれ

上院も通過して2月中旬には法律に。

財政難に苦しむ各州がどれほど得るかの一覧がWSJにあり。便利。


秌とはちょっと馴染みのない漢字である。

「シュウ」と読む。

もはや金融危機の始まった昨秋も過ぎ行き、経済危機にまで深まる冬だが、この漢字は秋と同じである。しかし、秋というとautumnと同じとすれば、枯れ葉散る秋のイメージしか伝わらない。今が全盛の方には秋とはたんに美しい紅葉を愛でる季節かもしれぬ。

しかし、秋といえば、重要な時節、危機迫るときも意味する。昨秋はまことにそうであった。栄えに栄えた、例えば自動車メーカーは凋落の危機のときである。

この秌という漢字はそれをうまく伝えてくれているように感じられる。

為永春水は、天保4年に、『春色梅児誉美』巻の十の前書きで、
義理と道とにそむきても、美衣(よききぬ)を着てひけらかし、出世と思ふ人でなしも、姿の花の色ざかりに、よしや一度(ひとたび)栄ゆるとも、凡(およそ)生(いき)としいけるもの、浮世の秌にあはざらめや。身につゞれをまとふとも、心清きがめでたくも、尊(と)ふとき人といふなるべし。
と書いた。

誰もが好況のときそれを謳歌する。しかしその盛りのときに危機のタネが芽生え成長する。過大な資金需要に債務がふくらむ。世は栄え、まことに「姿の花の色ざかり」のていとなる、しかし、いま信用は収縮し、債務の重荷が重くのしかかる「浮世の秌」である。

春水は、「心清きがめでたくも、尊(と)ふとき」というが、これは老婆心が吐かせる言葉だろう。現実はその正反対なのだから。たしかに危機はひとに消費を控えさせ、清貧へと押しやっている。だがそれは強いられたものだ。強いられた清貧や忍耐に清く貴いものが果たして芽生えるか。

成長し続けなければもたず、環境に負荷を与え続けねば存続しえない経済のしくみそのものへの懐疑が果たして芽生えるか。危機にもし効能あるとせば、危機のもたらす惨状と引き替えに、それくらい手に入らねば救われない。

2009年1月28日水曜日

「確信の危機」

ウォール・ストリート・ジャーナルで、ロバート・J・シーラーの一文を読む。

「血気は信用に依存する:提案された刺激策は信用を回復するほど大きくない」

という議論。

たしかに、オバマの8250億ドルの景気刺激策で経済が回復するとは思えないという議論はよく聞く。これだけ信用危機が深刻化し、人々が安全な現金保有に逃げているとき、経済への信頼感が回復しなければ、経済はよくなりようがない。

人々が短期的考慮にしばられず、「自生的な楽観」(ケインズ)に立ち長期予想に注意を向け、新投資に向かう血気が回復するには、シーラーのように、金融市場への一層の支援、現在よりさらに大型の財政刺激が必要かどうかには議論が分かれるが、信用の回復が必要なことは大方の異論のないところだろう。

危機のときほど、臆病なマネーは安全を求め、流動的であることを望むものだ。

まことにケインズが『一般理論』の投資誘因論でいうように、「個人にとって自分の貯蓄を保有する代わりの方法があるかぎり」、つまり貨幣というかたちでその富を保蔵する選択肢がある限り、長期の確信の状態が不確かで確信がもてぬときほど、非流動的な投資物件の購入ほど見送られ、人々は自分の投資が十分流動的であると信じ込めるほど市場条件が改善される日を待つしかないものだ。

確実に私たちは、「なにか積極的なことをしようとするわれわれの決意」が持てない状況にいる。こういう状況は
現代の投資市場の光景を見て、私は時々、投資物件の購入を、あたかも結婚のように、死とかその他重大な原因による以外には解消することのできない恒久的なものにすることが、おそらく今日の害悪を救う有効な方策となるであろう、という結論に駆りやられた。なぜなら、このようにすれば、投資家は長期予想に、しかも長期予想のみに注意を向けざるをえないからである。
とケインズが告白した状況と同様であろう。

人が長期予想を考慮し、その数学的期待値に依拠する活動を抑えざるを得ない「確信の危機」を救う急進的な救済策にケインズは言及している。それは非常に抑制された言い方ではあるが、「貨幣保蔵の社会的危険を強調した人たち」を思い起こさせるものだ。

それはおそらくゲゼルなどの貨幣改革が念頭に置かれていたにちがいない。個人が将来への危惧に襲われたとき、「その所得を消費にも投資にも支出しないことが許されているさいに生ずる悲惨で累積的で広範な影響」を回避する手段が要請されているわけだから。

貨幣に持ち越し税の負荷をかけるゲゼルマネーもその一つであろう。それは人々に長期予想に注意を向けさせる効果があるだろう。

ただし、ケインズが、「貨幣保蔵の社会的危険を強調した人たち」は、確信の危機のような状態が、「貨幣の保蔵になんの変化もなしに、あるいは少なくとも貨幣保蔵に著しい変化もなしに起こりうるという可能性を見逃していた」と指摘している点は留意されてよい。

今日の事態は貨幣保蔵のゆえに引き起こされたのではなく、それは危機の成り行きにおける反応あるいは結果であり、それがまた危機を深刻化させるという性質のものだったからだ。

そこで問題は自明の次元に舞い戻る。人間本性が、「数学的期待値に依存するよりも、むしろ自生的楽観に依存している」とすれば、人々に楽観と血気という「不活動よりもむしろ活動を欲する自生的衝動」を回復させるものは何であり、そのためにはなにが必要か?と。

2009年1月21日水曜日

時の人

欧州の経済状況が悪化の一途なので、欧州各国の情報を努めてとるようにしている。

今日も、ル・フィガロを読んでいたら、09年の時の人としてケインズを取り上げていた。ケインズの著作は若い頃から何度か読んでいるが、昨年来、また折に触れて頻繁に参照している。そして、金融・経済危機を目の前にしてようやく、以前読んでわからなかったことが、そういうことなのかと理解できる体験をしている。

フィガロはケインズの大きな写真を掲げて、

「右であれ左であれ、どこでも各政府は危機の開始以来、先人の轍から抜け出すために彼を持ち出している。・・・ケインズは今日、この惑星でもっとも生き生きした経済学者だ。聴くべき第一級の助言者である。」

と述べている。

写真のキャプションには、1931年にラジオ放送でケインズが語ったことばとして、「我々全員が収入を支出するのを止め、それを全部貯蓄したと仮定しよう。誰もが仕事を失うであろう」を載せ、経済学者として処方箋はシンプルだ。危機に直面して、経済機構を回復させるためにはすべてがなされべきである、と紹介している。

確かにどこの政府もケインズに頼ろうとしているかのようだ。しかし、ケインズの名が語られるほどに、ケインズは遠のいていくのではないかとの感じもする。

いまケインズはケインズ全集のなかにしかいない。

しかし教科書で学んだケインズしか知らないとすれば、有益な忠告を引き出せないのではと感じるから。

個人崇拝

昨晩遅く、仕事が一区切りついて、オバマ新大統領の就任のニュースをネットでみた。

まず、ルモンドのサイトに行ったら、「ワシントン全体が精神錯乱」と。リポーターは「神のようなオバマ」と言っている。

次いで、いつものようにFTD(←今朝アクセスしたら就任演説の記事に変わってた)のサイトをみた。「米国史上初の黒人大統領就任」、「ワシントン、変化を祝う」か。「陶酔した大衆、オバマに期待」とも。

米国のメディアも見てみる。「最初の100日:オバマの重荷」か。課題山積だしなあ。

確かに、ユーフォリアは長く続くものではないと思う。

今朝、メールを取って、米国のあるMLへの投稿で、

「確実に、共産主義の指導者たちが活用した個人崇拝と米国で起きていることには多くの共通点がある。もちろんオバマを批判することで北アラスカ送りにはならないだろうが」

という発言を読む。

ひょっとしたら、我が国は隣国にもうひとつの個人崇拝の国をもったのかもしれない。始末が悪いことに我が国はそこの国次第なんだ。もちろん米国と同様に、「批判しても収容所送りにはならないだろうが。」

ついでに、ザ・ネイションの「杯を上げ、我らが悲しみを打ち消そう」という記事を見る。どんな考えをもつのであれ、就任式ぐらいは酒を飲むしかないのか。「就任式が終わればみなシラフに戻ると思う」という言葉に、なんだか考え込まされながら一日が始まる。

2009年1月20日火曜日

魔法

先週から、シティ・グループやバンク・オブ・アメリカのニュースに触れ、金融危機第二幕かと感じさせられる。今度は英国のロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの巨額損失のニュース。

金融・経済危機に関しては楽観論、悲観論それぞれの情報が消化しきれぬほどあふれている。すべてに付き合いきれないなあと思いながら、FTDのブログで、ケニス・ロゴフの「米国はまだ魔法をかけられるか」を読んだ。その議論に賛成というわけではないが下記の一文が目に付く。

・・・以下引用

好況のときに楽観論者たちがあまりに良いことばかり望むのと同様に、ウルトラ悲観論者は恐慌がドアの前に立っていると予測する場合にあまりに決めつけすぎている。09年は非常に厳しくなる。しかし地表の火災が広範に燃え広がらないときには、真のチャンスが存在しており、米国や欧州、日本ですでに始まっているのは、2010年に、弱々しく始まったばかりの相場が力強く再び上昇し始めるということだ。米国経済はその魔術的な強さの、かなりな部分を失うかもしれないが、しかし、二度目の世界大の大恐慌をもたらすためには、よほどの不運と政治的間違いが必要である。

・・・引用終わり

たしかに人は行きすぎるきらいがある。真実は中庸にありとはいうが、そうかもしれない。しかし2010年に力強い回復があるとは思えないが、二度目の大恐慌になるには、よほどの不運と政治的間違いが必要との意見に、ちょっと目を引かれる。

どうも、米国ではオバマ大統領が就任だが、その経済刺激策が不運を呼び込んだり政治的に間違いと事後に評される可能性はかなりあるのではないかと思っているからだ。これから迎えていく現実と期待値の高さとの落差が金融の魔法が潰えた後の米国の新たな魔法のつまずきにならなければよいが。

2009年1月14日水曜日

潤下

年齢のせいもあるのか、医者にちょっと血圧が高めですから気をつけましょうといわれて、血圧計を購入。毎朝、計る習慣がついている。

しかし血圧っていうのは、計る時の状況次第で高かったり、低かったりする。

なるべく低い値が出るとうれしいので、深呼吸を繰り返したり、はかない努力をして計る。それで低めにでるとよしよし、しかし、このくらいだろうという事前の予想を裏切る高い数字がでると、ショックでよけい高くなりそう。

そんなことを毎朝繰り返しているが、同じ事は毎朝、収集する経済データにもあてはまりそうだ。

よい数字もある。どうやら信用市場が回復しているようだ。TEDスプレッドが低下したようだから、いくぶん凍り付いた信用も融け始めてきたのかと感じさせる。

これは信用力の高い3か月物の米国国債と3か月物ユーロドル(LIBOR)の金利差だから、それだけ銀行間取引金利が下がっていることを示している。

信用危機という氷もじんわりと融けはじめているのか。

まことに、『五行大義』では冬を示す「水」。それを信用にたとえれば、

・・・以下引用

水曰潤下、潤下者、水流濕就汙下也。

水(すい)に潤下(じゅんか)と曰(い)ふ。潤下(じゅんか)とは、水(すい)の濕(うるおう)に流(なが)れ汙(くぼめる)に就(つ)きて下(くだ)れるなり。

水に潤下と曰うとある。潤下とは水が湿った方に流れ、汙(くぼみ)に従って下ってゆくことである。

・・・引用終わり:中村璋八、古藤友子、『五行大義』全釈、上巻より。

ということであれば、信用もじんわり湿り、くぼみで水となり流れ始めてきたということか。いかにも新春を感じさせる。

TEDスプレッドは正常とされる0.5には届かないが、1を下回って0.99。ピークであった昨年10月の4.63からは急落してくれている。

しかし、よい数字ばかりではない。

ロバート・ルービンがさっさと逃げ出したシティグループのCDSスプレッドが跳ね上がっている。ルービンさんは抜け目のない方のようで、9年間で1億1500万ドルも稼いでいながら、まずくなるといなくなるようだ

まあ、こうした兆候も私の血圧のようなもので、なにかあればすぐ変わるものにちがいはないだろうが、それでも、日々の変化のなかに明るい春のくるのを期待したいものではある。

2009年1月13日火曜日

個人消費

オバマパッケージには減税策も盛り込まれている。

それだけ消費を喚起したいのだろう。しかし、たとえ消費に回ったとしても安い中国製品が購入されるだけだろうという皮肉な声も聞かれる。Bureau of Labor Statisticsの数字では、米国の失業率は12月、7.2%に上昇したが、こうした消費が米国国内の雇用増につながるか。400万の雇用を生み出したいようだが、まずは無理だろう。

だがここで考えたいのは、消費についてである。米国の個人消費はこの25年間で、GDPの71%まで跳ね上がっていたし、一時期、貯蓄ゼロまで記録したという事実。

借金文化が根付き、過大な消費をなし、米国消費者が世界の最後の「買い手」となって、世界経済を牽引してきたともいえる。

米国の個人消費は、戦後から83年までは、おおむねGDPの63%止まりといわれてきた。経済の健全さというのがあるとすれば、持続可能な個人消費のレベルもあるはず。

それがどの程度なのかは決めかねるが、少なくとも、米国の個人消費は、これまでの借金文化のツケを支払わされる意味で、みな、こぞって借金返済(債務削減)、貯蓄へと向かうだろう。

そういう意味では、政府が減税をしたり、財政刺激でスペンディングを手がけてもたかがしれているという気もする。

住宅ローンやカードローン、自動車ローン等々、米国人が抱えている債務は莫大だ。ましてやそれらの債権はみな、証券化されている。それがこれからまだまだ債務不履行で問題本格化を控えている。

経済の長期停滞は必至、なんらかの画期的方策が採られなければ、恐慌状態からの脱出はできないにちがいないと感じる。

・・・

ところで、米国では失業者が増えて、大恐慌時を上回るのではないかとささやかれているのに、あのM$の創業者は、人手不足で就労ビザの制限を緩くしろといっているようだ。米国には仕事のないソフトウェア技術者も多いそうだから、強欲な資本家はまだまだ労働力を安く買いたいらしい。M$のソフトを使わないと決めたのは正解だった(笑)と思う。

政府紙幣

本日1月13日付けの産経新聞1面をみてちょっとびっくり。

「いまこそ『100年に1度の対策』」

として編集委員の田村秀男さんという方が、政府紙幣の発行に言及している。

併せて相続税免除の無利子国債や円建て米国債にも言い及んでいる。

我が国がバブル崩壊の頃、政府紙幣の発行や、その発行を期限付きマネーあるいは課税付きマネーでなせとか、セーブジャパン債として相続税免除の無利子国債発行を言ったことがあるが、冷笑の的で、暴論の極みとして一笑にふされたことがあった。

時代は変わったのだと思う。

記事を書いている田村さんはヘリコプターマネーのフリードマンにも言及しているが、彼がシカゴプランの支持者であり続けたことは有名。フリードマンは

「ヘンリー・サイモンズは不換紙幣の創造が政府独占であるべきであるという私が共有する意見を…保持していた。」

と議会で証言していたし、

1985年には、

「私は100%リザーブの支持者であることをやめてはいません。」

と書いている。

バブルを経験してきた我々としては、貨幣供給を増大させるにしても、それを既存の金融システムに任せていては効果がないことを実感しているはず。量的緩和や問題債権の疎開等を通して資金供給しているが、そもそもいくらカネを刷っても日米ともに準備預金にプラスの金利を付けているのだから市中金融機関はリスクのある貸出先に融資を積極化するわけがない。中銀の口座に積んでおくだけ。

米国のオバマ新政権は巨額の財政支出の実行を約束している。必要なカネは国債を発行して手当することになるだろうが、これまで人気の米国債も暴落懸念、さらにはドル暴落、はては米国は債務不履行に陥るだろうとか、ぶっそうな話に遭遇するようになった。

米国も他国もそうだが、およそ政府のような公的機関が、

★ 課税収入や民間の貸し手から借り入れることなしに、

資金を手当てしようと思ったら方法は3つしかない。

1 ルーズベルトがニューディールのための設立したReconstruction Finance Corporation (RFC)のような国有の融資機関をもってする。ただしこの場合は政府に貸し出す前にどこかからカネを借り入れておかねばならない。そこで資金調達コストを回避するため、この国有機関は自ら債務マネーを発行する必要あり。

2 地方政府(米国の州のような)が1のような銀行を設立し、部分準備に基づく信用創造を行い、地方政府には地方政府が融資する。必要なら地方政府保有の銀行は自ら地域マネーを発行する。

3 政府自らが紙幣を発行する。

これらはいずれも公的機関が新機関を設立したり、自ら貨幣を発行したりすることで、現行の金融システムの不全を克服しようとするもの。

米国は財務省マネーの印刷を30年ほど前に止めているが、復活するかもしれない。

この正月、親族が集まった席で、政府紙幣の話になった。

「財務省マネーって、あのリンカーンの絵が書いてあるやつかしら。私持ってるわよ。珍しかったからとってある。」

と妹がいうので、

「う〜ん、そうだったかな、どんなお札か見たことないから、調べてみる」

といった。

我が国にも、100年をはるかに超える以前であるが、明治の始め、太政官札、民部省札があった。これは政府紙幣だ。

くわえて、年7分の金利が付く価値が増えていくマネーだった。これはインフレのときには効果があるだろう。

デフレに効果がある減価するマネーも政府紙幣なら導入しやすい。貨幣持ち越しに税をかけるわけだから、この課税分は発行したマネーの償却にあてることさえできる。

非常のとき非常の策が必要ではないかと、産経新聞の記事をみて、あらためて感じる。

日銀成立前の明治時代を考えれば、各種のマネーが混在してもさして不都合はない。

しかし、非常の時であるにもかかわらず、政治を見ていると、非常の人がみあたらない。残念なことである。

2009年1月7日水曜日

ドル暴落

ウィレム・ブイターのブログはいつも楽しみにしているが、彼がドルのひどい下落を警告した議論は、話題になったようで、テレグラフが取り上げている。

昨年末以来、財務省証券は歴史的な低利回りで、それだけ売れに売れていることを示しており、財務省証券バブルと言いうる状況で、世界中のマネーの避難先の一つになっているわけだが、

「米国資産、とりわけ国債は安全な避難先であるという長らく保持された仮説は、ウィレム・ブイターによれば、世界最大の経済に対する投資家の忍耐を失うことでまもなくひっくり返されるだろう。

・・・ブイターはこうした魔法から解き放たれるのが進むので米国からの現金の大移動がもたらされるだろうと述べた。」

とテレグラフは書き起こし、

「遠からず(私の推測では2から5年の間に)米国政府資産を含む米ドル資産の世界的なダンピングがあるだろう。長年の習慣はなかなか改まらない。いまだ米ドルと米財務省証券は広く安全な避難先と見られている。しかし学習が行われる。」

とのブイターの発言を紹介している。

たしかに、現状ではドルは他の通貨に対してきわめて強く、ドル暴落の警告にそぐわないように感じられるかもしれないが、学習せざるをえない時期がそう遠くはないと私自身思う。

現在米国は猛烈な勢いで量的緩和をしている。つまりドル札を刷っているわけだ。この光景を目にして、先行きインフレの懸念は誰でももつだろう。ドルが溢れるという状況だからだ。

加えて、連銀はブイターの用語では質的緩和、すなわち、市中から問題債権を買い上げる政策もとっている。

これでまたカネが市中に出るが、他方で連銀の資産はリスク資産で膨張し続ける。

そうしたなか、財務省証券が買われる。いまでさえ、長期債でさえ利回りはわずかにプラスという程度だろう。将来インフレとなった後では、マイナスになることは目に見えている。米国の債券保有者に対してペナルティを課すかのような政策をとっているわけだ。債券の利回りが低いということは、経済刺激のために莫大な資金を必要とする連邦政府にとって好都合だ。いくらでも実質ゼロに近いコストで資金が手当てできるということだから。

連邦政府の赤字も増え続ける。

投資家が学習せざるをえないときはいつか?

2009年1月5日月曜日

歯科医

さるサイトでマティアス・チャンという方の、

「常識の危機:金融危機を理解するのはそんなに難しいのか?」

という一文を読んだ。

難しい専門家の言説が溢れるなかで、なるほどと思わせるものだった。

こんな議論だ。

・・・以下引用

考えるために脳が与えられている。自然に、簡単な用語で、そして複雑な仕方でなく。

自然に考え、問題に取り組むのに常識をもってするとき、簡明な解決にたどり着くことができます。

しかし私たちの教育システムは精神的に私たちを拷問にかけ、やむを得ず複雑な仕方で考える。教師たちや経済学者たち、政治家、神や宗教の、いわゆるエキスパートたちはモグラの山から山を作り上げます。単純な真理を複雑な議論や「科学的理論や方程式」に変えるのです。

こうした専門家たちは生き延びるには事を困難に見えるようにし、解決するには彼らに頼らねばならないようにする必要があるのです。しばしば言われるように「盲人の国では片目の人間が王様である」ということです。

ふつう考えることは楽しみであるべきで、非常に活気のあるべきものです。しかしいま、私たちはまったくそうは考えないのですが、専門家たちは必ず、考えることは難しく、疲れ、それでたいそう重荷なことにしてきました。

その結果は常識が窓から放り出され、私たちは精神的な松葉杖、私たちの代わりに考えるいわゆる専門家を当てにするように条件づけられてきたのです。

なんとも悲しいことです。

・・・(中略)

多くの人が私に言ってきたことは、グローバルな金融の津波の複雑さには圧倒され、どうやってそれに備え、危機を生き延びるかについて絶対に混乱させられるということです。

私が簡単な言葉で説明したとき、彼らには「簡単すぎた」ようで受け入れるのを拒否されました。それはもっと複雑に違いない、そうでなければどうしてこの危機がグローバルな大失敗になったのかと。

次の、私の簡単な説明を考えてみてください。

1、金融工学:ギャンブルの新しいやり方。

2、投資家たち:ギャンブラー。

3、株式と先物の市場:ばくち場。

4、金融アナリスト:ばくち場のセールスマンあるいはセールス・ウーマン。

5、債券:借金の証文。

6、銀行:正直でないおカネの貸し手(銀行としてではなく、しかしおカネの貸し手として認可されたおカネの貸し手は「なんにもないところからおカネを」作りだせません。彼らは貸しつけるには自分の資本を使わなくてはなりません)

7,通貨あるいは法定の不換紙幣:トイレットペーパー。

8,デリバティブス市場:ネズミ講。

単純な現実として私の説明を多くの人々が受け入れることができませんでした。最近のバーナード・マドフの500億ドルの詐欺の後でさえそうなのです。彼はNASDAQの前会長でした。彼はFBIにこう述べたのです。この方式は本質的にネズミ講(一組の「投資家たちのおカネ」でそれ以前の一組の投資家たちに支払う)です、と。

銀行が世界中で崩壊しました。

なぜ?

二つ理由があります。1)彼らはばくち場でばくちを打って、数兆ドル擦りました。そして、2)莫大な金額(30倍以上レバレッジを効かせて、つまり100万ドルの資本をもつ借り手が3000万ドル借りることができる)を借りた彼らの借り手のほとんどが返済できなくなった。

常識は私たちにこう語ります。もし私たちの所得がたったXドルで、Xドルの30倍借り入れるなら、ギャンブルがXドルの30倍を払い戻さないなら、私たちが債務を返済しうる方法はまったくないと。(以下略)

・・・・引用終わり

たしかに。常識は危機の本質を見抜くことに成功している。

だが専門家が要らないわけではないとも思う。

ふと、たしかケインズの『説得論集』のなかで読んだと記憶している歯科医に関する話を思い出す。ちょうど正月明け早々、家族が歯が痛み出して、歯医者に駆け込んだことも思いつくきっかけにはなったが。

ケインズは、一方で経済問題を過大評価しないでくれと言い、それは歯科医のような専門家の問題であるべきとし、他方で、経済学者が歯科医のような謙虚で有能な人々のようにじぶんたちを考えることができれば、それはとてもすばらしいと述べていた。

現在の金融・経済危機は、激しく痛む歯痛のようなものかもしれない。いっぱんに歯の痛みほど我慢できないものはない。一刻も早くなんとかしてほしい種類のものだ。

しかし経済学者の見解は多様だ。

なかにはリセッションは必要だという経済学者がいる。ふくらみ、不良化した債務は整理されるべきで、不調な企業を救済することは別の問題を生むというわけだ。資本主義とはもともとそういうもので、リセッションがあればこそ、ブームもまたやってくるという。

たしかにどのような歯の痛みも放置し、歯が抜けてしまえば、いつかは収まるかもしれない。

しかし、その苦痛をどれほど長く我慢し、どれほどの傷みに、どのように耐えよというのか。

やはり歯科医が必要である。

それで財政支出による景気刺激や信用危機の対策に中銀が高権貨幣を市中に放出するなど各種対策を取る。しかし、積極的なスペンディングは財政を傷め、赤字を積み上げる。また、もともと信用がフリーズしているのだから、カネを増やしても貨幣乗数は落ち、信用の凍てついた状況は改善されない。「歯痛」を止めるために治療をほどこそうとするが、限界があるというわけだ。

患者は苦しむばかり。

常識はなぜ歯痛になったかの納得を得るのに向いている。そして、どうしたらそれを止めることができるか考えるさいの役にも立つ。

問題は常識がどんな歯科医を選ぶか、そして、選ぶに値する歯科医がいるのか、藪であろうがなんであろうが、頼らざるをえないと判断するかどうかだろう。

幸い、家族はかかりつけの、信頼できる歯科医に行った。世界の経済にそういう歯科医たちがどれほどいるのだろうか。

2009年1月2日金曜日

壊れた時計

年頭はとりわけその一年が気になり各種の予測に耳を傾けるものだ。しかしそれは多分に占いに似ている。どんな予測でさえ、

「壊れた時計だって一日に二度は正確だ」

と昔から言われるように、的中したと強弁しうる局面があろう。しかし結局誰も将来のことはわからないし、なってみての話というところに落ち着く。

それでも、なんらかの見通しにすがっていたいのも人情。

いま経済が凍り付いていればなおのことである。なんといっても経済の中心は米国、そこをはじめとして世界は同時不況。昨年末、米国のさる調査会社は、米国の投資家は現金や銀行預金、マネー・マーケット・アカウントで資産を8兆8500億ドル保有していると発表した。この18年来最も高い現金選好のようだ。先行きの不確実性から人は資産を流動性の高い資産に待避させて身構えている。カネという経済の血流は凍り付いている。

また米国の消費者信頼感指数は昨年11月は若干回復していたものの、12月はガタッと落ちた。金融システムが動き始め、経済が再活性化するには、人々に楽観が戻り、支出を再開し始める必要があるのだろう。しかし、いまは凍えるような冬である。

○ 家計は大黒柱が仕事さえ失うかもしれず、将来の不安で消費を極端に切り詰める。

○ 企業は利益の見通はつかぬゆえ、設備投資などできるわけがない。

○ 銀行は融資したら返済不能になることを恐れてカネなど貸さない。

○ 中銀は量的緩和でカネを刷っても金融システムに止まり、さらにはCPまで買い切っても、その代金で企業に渡ったカネは、企業内部で現金でもたれるだけだろう。

等々。

で、どこの国の政府も、「いまわれわれはだれもがケインジアンだ」(かつてのニクソン大統領の言葉だったか・・)とばかりに、政府が財政支出、経済刺激をしなくてはという状況。

で、さて、ここからが寝覚めの悪い初夢か。

09年、どうなるのか?1月20日には米国でオバマが大統領に就任する。そのさいの就任演説で、巨額な政府支出プランが発表されるとのこと。7500億ドルにものぼる規模のそれらしい。

それでどうなるのか。

※※しぶとくも、米国はオバマの強運で巨額の財政支出、スペンディングが功を奏するとする。

○ 米国は迅速にリセッションから脱出。09年後半には可能だろう(こう主張する人はいますね。元気づけられる。しかし強気必ずしも強運にあらず)

しかし、そうなったら、

★ 連銀は自らの財務内容を悪化させるばかりの量的緩和はやめたいだろう。

★ さらには、金利もゼロ近傍から引き上げたいだろう。

しかし、これは政治的に拒否されるだろう。

※政府は経済回復にマイナスなことはしたくないもの。

それで、政府は景気刺激策を続けるだろう。

その結果は

インフレ、ドル下落。

※※ オバマに運がなかった。財政刺激が効かない場合は。

○ 米国の不況は深まるばかり。

○ 世界的にも深刻な経済不況が続く。

仕方なく、追加的に財政による刺激策をとるが、そういう状況ではこれも効かない。

連銀にさらにドル札をじゃかすか刷らせる(量的緩和)。

しかしこれも効果なく、デフレが進行。

といっても、他に策はなく、

「どんなインフレもデフレよりまし」の大合唱で、さらにドル札を刷る。

インフレ

○○ 結局、うまくいっても →インフレ
○○ うまくいかなければ→デフレ→インフレ

か。

どうやら初夢のなかの時計は金融・経済危機のなかで壊れたもののようだ。危機のときにしか正確ではない。安定した経済の時を刻む時計が必要だ。今年はそれを購入したいものだ。

2009年1月1日木曜日

借金生活

元旦。

テレビを見なくなって久しい。代わりにネットで各種の新聞記事をみる。

なんの気なしに、シュピーゲルの英語版。ドイツのIT企業SAPの共同設立者、プラットナーへのインタビューが掲載されていた。彼自身、今回の金融危機で相当の損失を蒙ったようだ。

「世界はその財産以上に生活してきた。」

「我々すべてが完全な霧のなかにいる。」

という記事。

昨年の金融危機の発端となったサブプラ危機に関連した話題で、ちょっと考えさせられた。

サブプラ危機は、返せないのがわかっている貧困層にまで貸し込み、これを証券化して売り払う金融業者の「詐欺的」商法に問題ありとは思ってきたが、これを可能とさせてきた「風土」に言い及んでいる点に目がいった。

・・・以下引用

シュピーゲル:あなたに最初に今回の危機がこれまでのどの景気変動より大きいものだとわかったのはいつですか。

プラットナー:最初、私は英国の銀行ノーザン・ロックの支店の外で長い列を作る人々をテレビで見た。人々は突如、銀行の不始末に怯えた。その後、私はカリブ海のマルティニークにいました。そこでの休暇は米国人のお気に入りでしたが、一気に、ことごとく、彼らはいなくなりました。そうして、どこででも米国人がもはや住宅ローンを支払えなくなったので、やむを得ず家から出て行く光景を見ることになりました。いまでさえ、このことは私には不可解です。なぜなら銀行は空の家を持つことでなにも得るものはないですから。彼らはとにかく、家を始末することができません。すくなくとも人々にアタマのうえに屋根がないという傷を負わせることはなかったのです。

シュピーゲル:資本主義の極端な特質として、これは典型的ではありませんか。初め、誰もが一山当てようと望み、次には皆が逃げ出していく。

プラットナー:私は突然病気になった米国人を知っています。彼にはなんの健康保険もないことが判明しました。彼は米国で仕事をしているかぎり、なにかあったなら、じぶん一人で支払いをするつもりでいたのです。この人は仕事を失いました。そして家も。最後には、奥さんまでも。それは、私がそのシステムの問題についてちょうど考え始めたときでした。

シュピーゲル:その結果はどうでしたか。米国人はあまりに安易に借金で生活するようになったと?

プラットナー:米国の銀行はカネを稼ごうとしてますます貧しい人々に貸し付けることで彼らを債務のなかに追いやっていったのです。その背後には度を超した宣伝費があります。そのメッセージはこうです。住宅は常に値が上がっています。こんな低金利で家のためのローンを借りないのは愚かでしょう。これが米国人が巨額の債務に沈んでいった仕方というものです。おそらくそれは文化的な問題か、あるいは世代的なものです。個人的には、私は決して借金は持つなといわれて育てられました。

シュピーゲル:あなたは責任をもったぱら銀行ではなく、愚かな小口の投資家に押しつけているように聞こえますが。

プラットナー:これには誰もが参加していました。銀行家ばかりではありません。米国人は債務によって生きる準備ができていたのです。たとえばなぜ、彼らは高速道路の制限速度が許容するスピードよりはるかに速い大型のクルマを購入したのでしょう。それは彼らをそそのかしていたその産業だけではなかったのです。人々は唆されたかったのです。私は、このゲームは、もし米国が二つの大きな戦争にファイナンスする必要がなかったならば、長い間続いたと信じています。結局、ふつうの人々が家を買うためにカネを借り入れるのと同じ方法で、借り入れで代価を支払うのが戦争なのです。これはなにごとであれもっと悪くなる仕方というものです。

シュピーゲル:おそらくウォール・ストリートの人々は冷たいコンピュータ・プログラムで取引を管理するよりむしろ、もっと常識を使用すべきでした。

プラットナー:それに関してはそうです。考えるということが、コンピュータ・アルゴリズムによって一部、取り去られてしまいました。それは飛行機の自動操縦に少しだけ似ています。それなくしては飛行できないが、しかしまた、飛行機だけでは飛べないのです。

シュピーゲル:もし彼らが同じソフトを使っていたら・・・

プラットナー:彼らはみな、同じように振る舞う・・・

シュピーゲル:レミングスのように。

プラットナー:もしそうした聡明な数学者や統計家の誰もがそのソフトウエアと金融モデルを使って、ついにはこのような災厄を形作ったとしたなら、市場監視や規制をいっそう求めるのは間違った回答です。

・・・引用終わり

一方に、度を超した金融業者の宣伝があった。

そうなのだろうと思う。

たとえばCNBCのような経済専門チャンネルを見ていると、四六時中、経済のニュースに熱狂しているさまは、かなり見ていて辟易するものだ。よくまあ、これだけ、利得をめぐる話題に熱中できるものだと。

それに加えてモーレツな勢いのCM。CM、CM。

他方で、それをそそのかされたい人々がいる。借金とともに生活する準備ができている人々だ。

そそのかす存在とそそのかされたい存在。

しかし、いうまでもなく借金は未来の所得の先取りである。

いま、手に持っている資産ではない。

世界がその財産以上の生活をしてきたとの指摘は然りと思う。

と同時に、高度な金融工学も飛行機の自動操縦と同じ。それだけでは飛行機は飛ばない。どれほど高度化しても常識を追い出すことの愚を教えられる。

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

社会経済がどう変化していくのか目が離せない一年になりそうです。

本年もよろしくお願いいたします。

平成21年 元旦