Mother Jonesが、米国で唯一、州が保有する銀行、バンク・オブ・ノースダコタを取り上げている。それは今世紀初めの農業者たちのポピュリスト(訳注:人民主義とでも訳せるかな)運動の成果であり、金融市場に対する農民の怒りの結果として成立した歴史をもっている。
貨幣を持つ者たちは生産者に金融権力を振るう。
生産者は収穫期は収穫期の集中による穀物の供給過剰で価格の低下を甘受し、作付け期には融資を求めるが、融資はこれまた時期的に集中し、高い借り入れコストを負担せざるをえない。
こうした生産者の弱い立場は資金の蛇口を握っている金融業者の思うつぼであった。
生産者に価格の決定権はなく、資金借り入れと高資本コストに悩まされる状況はポピュリストの怒りをかき立てたのであった。
生産者のとりうる対策は、二つ。
自分たちの信用機関をもつこと。
そして穀物貯蔵、加工の倉庫や工場をもつことである。
そうした取り組みがかつて米国にあり、それがこんにちまで続いている。その取り組みは金融権力に対する対抗の記念碑であろう。
ウォールストリートの金融業者たちが、世界を奈落に引きずり込んでいるとき、かつてそれに対抗し、怒りの声を上げた人々の記憶が甦る。そこには、金融危機からの脱出のヒントさえ見つけることができるかもしれない。ノースダコタの銀行が注目されるゆえんである。
マザージョーンズ:どのようにしてその銀行は作られたのですか?
エリック・ハードマイヤー:90年前に作られました。1919年です。人民主義者の運動が北部平原を席巻したからです。基本的に、それは農業部門の大きな集団による怒りの運動でした。東部の市場でなされていた決定をひっくり返したのです。たぶんミネアポリスやニューヨークにあった金融市場が、誰が融資を受けて、どのように彼らの産品を販売するかを決めていました。それで運動は北部平原を吹き荒れたのです。ノースダコタでは運動はノンパルチザン(訳注:党利党略に縛られないという意味かな)リーグと呼ばれました。そして彼らは立法府を握り、産業政策を立案しました。それでバンク・オブ・ノースダコタや農民と穀物を売買する州保有の製粉工場とエレベーターができたのです。この二つとも、90年前に出来たものがいまでも現存しているのです。私たちはほんの少しだけ手を加え、ノースダコタ州を支援する分野と方法を見つけました。
貨幣を持つ者たちは生産者に金融権力を振るう。
生産者は収穫期は収穫期の集中による穀物の供給過剰で価格の低下を甘受し、作付け期には融資を求めるが、融資はこれまた時期的に集中し、高い借り入れコストを負担せざるをえない。
こうした生産者の弱い立場は資金の蛇口を握っている金融業者の思うつぼであった。
生産者に価格の決定権はなく、資金借り入れと高資本コストに悩まされる状況はポピュリストの怒りをかき立てたのであった。
生産者のとりうる対策は、二つ。
自分たちの信用機関をもつこと。
そして穀物貯蔵、加工の倉庫や工場をもつことである。
そうした取り組みがかつて米国にあり、それがこんにちまで続いている。その取り組みは金融権力に対する対抗の記念碑であろう。
ウォールストリートの金融業者たちが、世界を奈落に引きずり込んでいるとき、かつてそれに対抗し、怒りの声を上げた人々の記憶が甦る。そこには、金融危機からの脱出のヒントさえ見つけることができるかもしれない。ノースダコタの銀行が注目されるゆえんである。












