2010年1月9日土曜日

日めくり2010-01-11

「本来自治学説の原理とする所は、人を以て人を治むることはでき得られぬ、「在宥天下」とは此義であると云うのである。制度綱には、人を以て人を治むる極点は、終に一民に一官を付しても及ばない。故に民衆互いに自ら治まる様に自然の化育に導き誘(すす)め、彼此の差別をなくすれば、人々互に修睦協和し、教えずして自制の規矩準縄ができる。天智天皇の詔に「天下は大同にして都て彼此なきものなり」とは、此政理に出たものである。

乃ち此人に依りて治めらる筈でない我が自治公民の集団たる農村が、だれに向い救済を求むるのであるか、もし無理なる征誅あれば、一も二もなく拒斥す可しだ。無道なる徴求あれば、大も小も排除す可しだ。農村との比例を逸せる都市の要請に賛襄せし議員輩は、之を農村の反逆者として、手痛き徳義制裁を加えるが当然である。農民に此元気もなく此意気もなく、従来の儘醜劣なる選挙投票を悛(あらた)めず猶お尚お既成政党に追随するならば、立法府の権威は、竟に我公民を徴誅征圧し尽し耕夫の牛を取り餓児の食を奪うことを肯定するに至らん。我農民諸君は是をも猶お之れを通有常時として容認し唯諾するのであるか。」(権藤成卿、「農村自制論」)

0 件のコメント: