2010年1月5日火曜日

アクセルとブレーキ

自動車にはアクセルとブレーキがある。別々のペダルで、加速したいときはアクセル、スピードを落としたいときはブレーキを踏む。

自動車を知っている人なら、誰でも知っていることだ。

しかし世の中には不思議なことがある。同時にアクセルでありブレーキでもあるものがあるのである。不可能なのだがそうしているのである。

なにか。

貨幣である。

貨幣は一般の商品より優れたあるものと考えられている。だがら将来のために値打ちを持ち越すために貯蔵されもする。ため込まれればそのぶんだけ、交換を抑制することになる。

しかし貨幣の職分はなにより交換手段である。それは交換を助長するものだ。それによって必要なものが必要とするところへ配分されるし、生産され供給されたものははけ口を見つけることができる。

つまり前者はブレーキ役、後者はアクセル役。正反対の役目を同じ一つのものに負わせているのがいまのお金の仕組みだ。

うまくいくはずがない。

供給したものが売れるように、供給に適合したお金の量を国がコントロールする必要性はずいぶん強調されてきたし、紙幣を使うようなお金の仕組みになって、そうしたコントロールはできるようになったが、そのお金そのものが、モノの流通を促進したり阻害したりする矛盾した職分を合わせ持たされているんじゃあ、困ったもんだ。

モノの供給量に見合ったお金を流通させようとしても、ため込まれたんじゃあアクセルの役目を果たせないしね。

もともと、お金は貯蔵するためにつくられたんじゃあないんだけど。

交換手段の機能に絞った地域通貨が関心を持たれるゆえんかな。

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