2010年9月21日火曜日

救済

清話会さんのメルマガ向けに書かせていただいたもの。下記に再録。

事実は一つであるが、立場や見方によって評価は分かれる。それぞれに幾分かの真実があるとすれば、各種の評価に目配りしておくのは悪いことではない。

先週、注目を浴びたのは、もちろん円高ドル安であり、為替介入である。輸出への打撃、日本製品の輸出競争力の喪失から企業の海外流出や国内のいっそうの空洞化への懸念などを背景に、海外需要に牽引されるかたちでなんとか凌いできたデフレ経済の状況下、円高に対する対策を督促する声は強かった。

実際、各国は輸出によって経済回復を図り、そのために通貨切り下げ競争をしているかの現状である。自国のデフレ回避が優先され、デフレというやっかいなババ抜きゲームを各国がしているかにみえる。デフレで実質金利が上がれば、世界経済の踊り場乃至二番底懸念と相まって、安全を求めるカネが集まる。それは通貨高となり、その国の景気後退をいっそう深める。世界経済の現在の局面で通貨高に追い込まれている国は、それに抵抗しようとするのが当然にみえる。(http://a1morino.blogspot.com/2010/09/blog-post_16.html 参照)

しかし、米国からの見方であるが、フォーブスの17日付けの論調が目に入った。日本の為替介入に批判的であるが、目先の輸出振興という自国の利害にとらわれた見解というものでもない。若干リバタリアン風の感じもする議論であるが、こうした見方も存在することは承知しておくべきであろう。

http://blogs.forbes.com/greatspeculations/2010/09/17/japan-throws-a-dime-to-american-debt-junkies/

「日本は債務中毒の米国に麻薬を与える」との議論であった。

ざっと目を通せば、下記のような議論だ。

今週、日本円が米ドルに対して15年来の最高値へと上昇した後、日本政府は外為市場への介入を決めた。相当なファンファーレで日銀は米ドル購入のキャンペーンを活発に開始した。その結果、円高を食い止め、ドルを引き上げた。即座に効果があり、発表の日に円は3%下落した。

米国の政治家の中国の通貨操作に対する声が大きくなるときに、ワシントンは奇妙にも日本の動きに沈黙を守った。・・・

この明白な皮肉を見逃して、メディアはその脆弱な経済を支援する島国の試みとして日本の決定を報じた。より正確には、この介入は米国の消費者が日本から自動車やエレクトロニクスをもっと多く購入するのを助けるために行われた。実は米国の購入が増えることは名目上は日本の輸出業者によっては利益になるであろうが、弱い通貨は日本経済全体を損なうものである。

通貨への介入政策は実際はかなり簡単である。日本経済は米国に多数の財を輸出する大企業によって支配されている。問題は米国人が数年前まで購入していた量を買う余裕がないということである。したがって、彼ら自身の国でか、その他の生産的な経済で、もっとお金を使う新たな顧客を探す代わりに、日本のメーカーは、彼らのこれまでの米国の顧客を救済するために、政治力を使って政府に働きかける。救済は日本の貯蓄家から米国の消費者への購買力の直接的な移転のかたちをとる。それで、そうでなければ米国人が支出する余裕がなかった製品を米国人は購入し続けることができない。要するにドルを押し上げることは日本の輸出業者に必要ではあるがコストのかかる事業再構築を延期させることになる。

政府が力のある企業の利害のために一般国民のニーズを犠牲にする傾向は日本に限ったことではない。米国では、私たちは支配的な産業のために類似の対策を実施した。しかし製造業者や輸出業者の政治力が弱くなったので、彼らの代わりに、米国の企業世界で真に有力な、金融や小売、不動産産業の保護へとワシントンは動いた。こうした産業は米国人が購入する余裕がないものを購入するためにお金を借り入れる際に利益をあげる。こうした行動を続けさせるためには、政府は消費者がもっと借金ができるようにしなければならない。しかし、そうすることで、こうした政策は私たちに深刻で抜本的なリストラを必要とする病んだ経済を残したのである。

ある意味で、日本政府が米国の消費者のためにしていることは我々の政府が住宅購入者のためにしていることと非常に似ている。住宅価格を下落させるよりむしろ、米国政府は住宅購入者に助成金を支給する。それで実際には購入者が都合がつかない金額を住宅のために払い続けることができる。こうした動きの受益者は高すぎる住宅を建て、販売し、融資する者たちである。

不幸なことに、私たちが国家として必要とする最終的な事柄はより多くの住宅を建て、販売し、融資することである。私たちの経済は、不動産市場に向けられた資源がその他の、より必要とされる産業に向けられた場合に改善される。

日本はドルが下落するのを許容すべきだろう。それが米国人がより消費しなくなり、新興市場がより多くを消費する変化するグローバル市場に彼らの製造業者を順応させるだろう。現状を維持するのは・・・むなしい試みである。

米国と日本の政治家は、介入が「仕事を確保する」と誤って主張することで非常によく似ている。しかし、確保される仕事は、失われたか、あるいは作り出されていないいっそう生産的な仕事を犠牲にしている。米国人が日本の製品を購入する余裕がないなら、日本人が我々にそれを売り続けることはナンセンスである。むしろ彼らはその時間や努力、貯蓄、資源を実際に支払う余裕のある顧客に製品を販売することに注ぐべきである。

日本の米国消費者救済は国際的な販売者融資以上のなにものでもない。これは90年代後半のインターネットブームの期間、通信会社が使ったテクニックと同じである。短期的な利益をくみ上げるために、通信会社はキャッシュに不足するインターネットを始める人に資金を貸し出した。・・・もちろん、ドットコム企業が破産したとき、そうした偽りの販売はただちに帳簿から抹消された。・・・そうしてこうしたシスコのようなファイナンスをする企業の株式も同様にゼロにまではならなかったが、崩壊した。その業績はブームとはラグがあったにしても、偽りの販売が行われなかったなら、・・・はるかにましなものであったろう。

同じ運命が米国と日本を待ち受けている。この類推からいけば、日本はシスコであり、米国はペット・コム(Pets.com)である。遅かれ早かれ、日本や中国は、返済する確かな計画のない早口でしゃべる指人形によって騙されたとわかるだろう。・・・

たしかに、米国人からみれば、ドルの上昇は購買力の増加であり、増加分は日本の介入によって与えられたのであれば、日本の貯蓄の移転である。日本の輸出業者がこれまで同様の顧客を得ることができるにしても、我が国全体の利益から見てどうかという問題は残る。米国消費者はドルが上昇しなければ、以前のようには、購入できない事情にあることは確かであり、そこで日本がいわば米国消費者に補助金を出し、日本製品を購入してもらうかっこうとなるからである。

確かに、米国政府が金融経済化した融資による購入を奨励してきたこととの類似性の指摘はなるほどと思わせる。それは病んだ経済を米国に残したが、同様のことが起こりうる。それは現状維持によって変化するグローバル経済に対応しきれない企業を、日本は残すことになるのではとの懸念を生むからである。

そこで、「その時間や努力、貯蓄、資源を実際に支払う余裕のある顧客に製品を販売することに注ぐべきである」というフォーブスの勧告には、つい、なるほどと思ってしまう人も出てこよう。

しかし、これはあくまで、変化に対応する努力をして、売れればという話である。日本企業のこれまでのコストダウンの努力は並大抵のものではなかった。通貨高で値が上がった状況で購入する顧客を見つけることができるのか。競合する諸国の通貨が安ければ、不利な状況は深刻化する一方である。米国以外に顧客を見つけようとする場合でも円高は足を引っ張るのが実際である。そしてまたグローバル経済の変化への企業の適応、再構築は、場合によっては、日本からの企業の脱出も伴っていよう。

難しいところである。

週末、この記事を読みながら、これから日本人がなにによって食べていくのか、これからの日本経済、プロフィットセンターをどこに求め、どう作り出していくべきなのか、円高ドル安の問題をきっかけにかなり遠大なことまで考えさせられた。

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